大阪中心で「大阪なんて大嫌い」と大泣きした話



20数年前、小学校に入学する前だった。

東京の親戚の結婚式に出席するために、九州の田舎から大阪の駅に降りた。

ついでに家族旅行ということで乗り継ぎのための下車だったと思う。


幼い私は初めて遠距離旅行で、心は青空にフワフワと浮かぶ雲のようだった。

まだ満足に車椅子の母の介添えもできない子供だったが、一丁前に都会の空気を楽しんでいて

おしゃべりで生意気で田舎丸出し、家族は恥ずかしかったのではと今なら思う。


車椅子の母は電車の乗降に時間がかかり、そして1人では難しい

必然的に数人で介添えをすると、乗降口の幅いっぱいに拡がってしまう。

それでなくても家族旅行は荷物が多い。

都会の忙しない駅で、この事態は周囲の大変な迷惑だろう

偶然居合わせた、人たちの大切な時間を勝手に使っているのだから。

それでも私は、母と一緒にいられて嬉しかった。


当時は、バリヤフリーという言葉も少し聞くくらいで、

せっかく設備はあるのに、健常者目線で作った使いにくいバリアフリーが大半だった。

一応スロープはあるけど、急勾配でとてもじゃないけど自力では登れない。

そんな「一見すると、弱者に優しいバリアフリー」のことを

なんちゃってバリアフリーと私は呼んでいる。


そんな環境だったから、障碍者の母にとって外での活動は今よりはるかに壁が多かった。

(障碍とは障害のこと。以降「障碍・ハンデ」と記載)


都会の駅、人の多さ、初めてみる景色、私にとって全てがトキメキの対象で

晴天の雲より高く浮かれていたことはハッキリと思い出す。

そう思うと、大阪の皆さんに1番迷惑を掛けていたのはきっと私だったと思う。


そんなときにふと聞こえた一言で、私は深海まで叩き落とされた。

通りすがりの中年女性だった。


「まぁ、わざわざ外になんて出なくても家でじっとしてればいいのに」


車椅子の母に投げつけられた言葉だった。

「障碍者が旅行なんて周囲の迷惑だ、立場をわきまえて家でじっとしてればいいんだ」


私にはそう聞こえた。

一気に血が逆流して、怒りが支配した。

何も考えられず、叫びながらその人を追いかけた。


私はお母さんと一緒だからこんなにも楽しいのに、あの人は母にだけ家にいろと言う。


「あのおばさんが、お母さんに酷いことを言った‼︎あやまれ‼︎」


人の群れ

大人の歩く速さ

知らない大都会の駅

誰もその人を捕まえてくれない


必死に追いかけた

自分だけスローモーションのフィルターがかかったようにもがいているようだった。


結局、幼すぎた私はその人を引き留めることはできずに

乗り継いだ電車の中でも、しばらく泣いていたらしい。

ぐずりながらずっと「大阪なんて大嫌い」と言っていたよと、大人になって母から聞いた。


「えー、そうだったけ」


背中がもぞがゆくて、全く覚えていないふりをした

大泣きしたことは本当に記憶から抹消されていたけれど。


どうやら、母にとっては特に悪い思い出ではないらしく、ただ転んで血まみれになっても意地でも泣かない子が、なかなか泣き止まなかったことには心配はしたようだ。



一番強いのは母だなと改め思った。



あの中年女性もきっと虫の居所が悪かっただけで、本心で言ったのではないと思う。


忙しい毎日、混雑している駅

ただえさえ時間がないのに

そこにノロノロとしか動かない一行がいる。

イライラしないはずがない。


私も気をつけないといけない。

交差点の横断歩道や、コンビニのレジ、あらゆる場所でいつもイライラしてる気がする。


時間がないのは私の都合なのだ。

目の前に誰がいても、その人は関係ないのに。


5歳の自分に怒られてしまいそうだ。













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