28年目で初めての"母の日"



僕は生まれて28年間、自分の意志で"母の日"にプレゼントや感謝の言葉を贈ったことがなく、"母の日"らしいことをしたことがありませんでした。


今まで"母の日"に何もしてこなかったから。

今更なのが妙に恥ずかしくて、毎年この日がスッと過ぎていっていました。


うちの家にはリビングがなくて、母さん以外は各々部屋のドアを閉めてこもってしまうので家族が顔を合わす事があまりなく、食事もバラバラの時間に各部屋で済ますで会話は最低限。挨拶すらしません。

昔からこんな感じで誕生日や"母の日"も何もないのが当たり前でした。



18歳の時、音楽の専門学校に進学してバンドを組み、すぐに日本全国いろんな所に行ってライブ活動をするようなったのですが、学校とバンド活動が忙しくてなかなか働く時間がなくて常に金欠でした。


実家にあったゲームやマンガを全部売り払ってお金を作ったり、学校の為の奨学金をこっそり引き出して生活費に使ったことも。挙げ句の果てには車の免許を取りに行くからと言って母さんから借りたお金で新しい楽器を買ったりと今思えば最低なことをしていたと思います。


お世辞でも裕福な家庭とは言えないし、僕には絶対に言わなかったけど家計的にも厳しかったはずなのに、僕がお金を貸してと言えば母さんはいつも何も聞かず翌日には銀行口座にお金を振り込んでくれて、7年間も僕のバンド活動を支援してくれていました。


それに対する感謝の言葉は電子メールで『ありがとう。』だけでした。



一昨年に父さんが亡くなり、実家が母さんと妹の二人だけになるということで家計が心配になり、一人暮らししていた家を退居して実家に帰ってきて1年1ヶ月。

今月頭に妹が彼氏と同居をすると家を出て行き、今は僕と母さんの二人になってしまったのですが僕も近い内に家を出て行くつもり。

今はすごい元気で毎日バリバリ働いてる母さんでもさすがに一人は心配になる。


しかし、そればかりは仕方ない。

少しでも心配が薄れるようにと思い、言葉は悪いが"母の日"を理由にマッサージ機をプレゼントすることにした。照れくさい自分の気持ちもそれなら納得できる。


長く健康でいてもらえたらそれでいい。



いつかこの家を出て行くことになると考えたらいろんなこと思い出し、昔の写真が見たくなってアルバムを探す事にした。

何年も離れていた実家の押し入れの中は整理されてあり、昔置いてあった場所にアルバムはなかった。


母さんに聞いてみると

アルバムは緑の扉の押し入れの奥にあるわ。そこはもう使わないと思った物しか入れてないから。


緑の扉は家に一つ、母さんの部屋にしかなく開けてみると確かに何年も使われていないバーベキューセットや父さんが使っていた日用大工の工具があり、手前の方にアルバムは全く見当たらずで探すのはすぐに諦めてしまいました。


思い出を振り返ることも、いつからこんな家族になってしまったのかもわからずのまま。

僕の思い出と疑問は緑の扉の押し入れの奥底に眠っている。 



5月11日、電気屋さんでイスの首もとや腰に置けるクッション型のマッサージ機を選びレジへ

『"母の日"用のラッピングされますか?』と聞かれたがもちろんラッピングは断って普通の袋に入れてもらいました。


家に帰ってすぐに母さんの部屋に行き

『はい、母の日やろ。』

と言って袋のまま渡し、照れ隠しの為に反応も見ずにすぐ自分の部屋に戻った。


10分程経ってからお風呂に入ろうと、母さんの部屋の前を横切った時にチラッと見るとマッサージ機を首に当てて

気持ちいいわ。ありがとう。』と言った。


今まで借りてきたお金はどれぐらいかわからないし、影ながら何も言わずにずっとバンド生活を応援してくれていた、何があっても必ず守ってきてくれた母さんにまだ口で『ありがとう』と言えなかったけど、やっと少しながら親孝行ができた気がした。


社会に出て一人で稼いで、しっかり自立した気でいても、やっぱりいつまでも母さんの前では子供のままなんだろうなと思った。



意を決して行った初めての"母の日"。

せっかくだからプレゼントだけじゃなくて、お風呂をあがってもう一度母さんの部屋を横切る時に少し話でもしてみようかと思った。

普段、世間話なんか全くしないから家族であろうと緊張してしまう。

身体を洗いながら何を話そうかと悩み、これだ!と話題を決めて急いでお風呂を出て母さんの部屋を覗くと、






緑の扉の押し入れにマッサージ機を片付けていました。




僕は黙って通り過ぎ、自分の部屋に戻りゆっくりとドアを閉めました。



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