叔父から譲り受けた言葉

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・小学校1年の時、母親が亡くなった。


小学校1年の頃、母親を亡くしました。

何の予兆もなく、突然。


その日から、大人が私を見る目が変わりました。

友達、友達のご両親、近所の方々・・・

周りの皆さんが、とても優しく接してくれていましたが

時折感じる「可哀想な子ども」という視線は、辛かったのを覚えています。


父親は、早々に妻が亡くなった寂しさでしょうか。

小学校高学年くらいからでしょうか、数日間~数ヶ月間家を留守にすることが多くなりました。


家には、私と姉しか居ませんでした。



祖母は、毎日食事を用意してくれましたし

叔父は、私の躾をしたり、お小遣いをくれたりしました。


そうして、姉、親戚、周りの皆様の支えにより

特に何事もなく、スクスクと育ちました。




そして時が経ち、私は専門学生となりました。

さっきまで居酒屋に居てたのでしょうか、酷く酔った叔父が、私の家まで来て

いつもの怒鳴り口調で、話をしました。


叔父
あんな、お前は小さい頃にお母さん死んだやろ?
叔父
確かに、辛いことかもしれへん。
それで、嫌なことがあるかもしれへん。
ひろのり
・・・
叔父
でもな、それを今悔やんでも仕方ないことやろ。
蘇るわけ違うやん?
叔父
それよりも、これからの事を考えなあかん!
叔父
人生は、なるようになるんや!
ひろのり
!?!?!?


母親が居ないコンプレックスこそありましたが、母親が亡くなったことは受け入れていました。

というか、正直・・・


このおっさん、酔って絡んでくるなよ・・・


とちょっと、面倒に思っていました。。。


しかし

「人生は、なるようになる。」

この言葉は、今でもハッキリと胸に刻まれています。



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