MY STORY~1人のSexual Minorityの人生~

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今は亡き母に伝えたい。

沢山心配かけて、迷惑かけて、涙を流させて…。

あなたの理想的な「息子」として生きられなくてごめんなさい。

でも、あなたが母でいてくれたから、私はこんなに誇れる人生を生きていると、今なら胸を張って笑顔で言える。私を産んでくれて、私の母でいてくれてありがとう、と。

記憶は、 16歳から始まる。

それ以前の記憶は、断片的にしか思い出せない。

私は、地元にある私立高校の生徒だった。そこは当時男子校だった。

中学時代の思い出はほとんどない。

あまり楽しくなかったことだけは覚えている。

でも、人生における本当の苦しみは、ここから始まった。

はっきり覚えているのは、その高校を選んだ理由。

出身中学からの進学者が私だけだった、ということ。

中学まであまり楽しい思い出のなかった私は、「バラ色の高校生活」を夢見ていた。

しかしながら、なぜこの高校には私しか進学しなかったのか。

それは当時の校則が不評だったからである。

頭髪の長さから、冬の防寒具に至るまで、ほぼ全てにおいて学校指定の物が用意されている、お堅い学校だったから。

地元では進学校として多少名は知られていて、同じ中学出身の受験者も何人かいたが、誰もが「あくまで滑り止め用」と認識していて、当初から誰も進学する気などない高校であったことを知っていた私は、その時、まさか自分の母校になるとは思ってもいなかった。

学校には、普通コース、特進コース、中高一貫の特進コースがあった。

私は普通コースを受験した。

当初は後日受験が行われる近隣の公立高校に進学する気でいた。

しかし、いざ蓋を開けてみたら、なぜか軌跡的に成績が良かったのか、特進コースに合格。それを喜んだ両親の勧めもあり、公立高校を受験することなく、この特進コースへと入学することなったのだ。

当時の私は「中性的」ではあったものの、まだ「同性愛」や「性別違和感」のような自覚はなかった。

当然のことながら、男子校なのでクラスメートは男子だけ。入学当初は先生でも女性はいなかったと思う。

入学式当日、新入生のオリエンテーションなどの行事が終わり、初めて教室に入り自分の席についた瞬間、ふと視界に入った男子に目が釘付けになった。

ドキッとした。

一瞬思考が停止していた気がする。「今、湧いて来た感情は何だろう?」

その時はその感情が何なのかよく分からなかった。

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