【バカヤン】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと」

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前話: 「ぼくのやったこと」もし元とび職の不良が海外名門大学に入学したら。


そしたら「今なら投資できるぞ!」と言い出した。

後から話を聞くと自分が本来大学に行く年齢、18歳の時、親父は金がなく学費をサポートすることができない状況で、父親にとってそれは情けないことだと捉えていたようだ。


大学を目指したのは24歳、親父のビジネスは成功していた。次の目標として家族3代で成功することを目標に掲げていたらしくそのタイミングで自分が大学を目指したので親父は「一旦予算のことは考えないでベストなプランを考えてみろ」と言ってきた。


親父が家族の為に貯めた大切な金を使うのだから「てっぺん」狙おうと思い東大受験を考える。しかし、あまりにも勉強経験がないので受験をパスするのに2年〜3年かかってしまうと想定した。大学を卒業するのに6年以上かけるのは長すぎると思い期限は最大5年に設定した。



UCバークレーを目指す

そこで海外の大学を調べるとカルフォルニア州では編入制度が整っていることに気づいた。この制度を使えば短期大学の2年間の間に基礎教養と英語を養いうまくいけば名門校に編入するチャンスがある。

「これしかないな。」そう思った。


カルフォルニア州の「てっぺん」はカルフォルニア大学バークレー校、通称:UCバークレーってとこだとその時知った。世界大学ランキングで常にトップ10にランクインしている大学。ウィキペディアを見たら世界一の公立大学で卒業生に孫正義さんがいることを知り直ぐに彼の自伝「企業の若き獅子」を読んだ。


そして自分も彼のように平成の二宮金次郎になろうと思い親父から2000万借りて留学することを決めた。軽いノリで「オレがバークレー入ったらどうしよう?」って親父に言うと「お前じゃ無理だから考える心配ない、安心しろ」と言われたのをよく覚えてる。


誰にも期待されてないスタートだった。




とりあえず渡米

留学を決めた24歳の時に初めて英語を勉強し始めた。「Somethingってなに?」ってレベルだった。


カフェでコーヒーの注文もろくにできず「I want to cofee!」とひたすら言っていた。その後店員に「Would you like room for cream??」と言われるのだがそれが聞き取れるようになるのは相当あとのことだった。(クリーム・ミルクを入れるスペースは入りますかという意味です。)


とにかく英語が出来なかったのでコミュニティカレッジに入る為の英語力をつける為に語学学校に入学した。


場所は最初からバークレーにした。理由はUCバークレーがどの様な場所か先に見ておきたかったからだ。しかしこれが留学を成功させる上で一番重要であったと今は思う。



やれることは全部やる

環境が整ったからって頭が良くなるわけではないし成績もあがらない。語学学校を終えバークレーにあるBerkeley City Collegeというコミュニティカレッジに入学した。英語と基礎教養のレベルが低いので周りに追いつく為に高校レベルの教科書を引っ張りだし勉強する必要があった。効率よく勉強する為に自分を律しコントロールし徹底的なタイムマネジメントを実行した。

特に以下の3点を中心に生活習慣を改善した。


1. 活動記録を取り自分の行動を分析する。

2. 睡眠時間を削らない。

3. その状況(クラスの構成や自分の教養レベル)に合わせたライフスタイルを構築する。


グーグルカレンダーを使って一日の活動を記録し勉強に裂けている時間を計測した。するとボーッとしている時間や集中できていない時間が見えてくる。なるべく多くの時間を勉強にあてる為に勉強以外の行動をより効率化したり勉強する順番を変えるなど工夫した。


寝る間も惜しんで勉強することも試してみたがそれは非効率で気持ちが不幸せになるので必ず最低6時間は寝ることにした。もちろん眠い日は昼寝もするし寝過ごすこともあったが基本的には毎日夜12時に就寝して朝6時に起床した。


あの当時はウソみたいに起きた瞬間から机に向かい単語を覚えてからシャワーを浴びる生活をしていた。


当時のカレンダー。勉強している時間を黄色に塗っていた。



移動と食事以外勉強する生活を続けるとただ長く勉強すればいいってものではないことに気づく。生産性を保ちながら長く勉強するのに最適な時間は一日14時間だと自分の経験から結論付けた。


一日の稼働が18時間で14時間勉強すると4時間余る。食事・移動・シャワー等を考えても最低1時間は自由時間があるのでその間はネットでお笑いなどを見てストレス解消していた。



自分がやっていることが正しいと信じる

どんなにすごいスポーツ選手でも最初はできないはず。だから勉強も子供の頃からの積み重ねでデキるようになっているだけで「今自分がデキないのは経験が足りないからだ!」と言い聞かせ自分がやっていることが正しいと信じていた。


その結果、立ち止まることなく勉強し続けることができた。その過程はもちろん無駄なことばかりしていた。その無駄な経験が知恵になり行動を改善することができたと思う。


自分はこのライフスタイルを2年続けた。でもこのやり方は一生続けるものではない。自分が思うに死ぬ気で努力しようと思っても2年が限界でモチベーションが続かない。その先はモチベーション管理が重要になってくる。



合格発表

4月26日の夕方頃にネットで合格発表があった。朝からずっとソワソワし何度もサイトに行って確認していた。


そして5時頃。合格!!「Congratulations, Takuya!」

その時の写真


数分ボーとした。「これコンピュータのエラーだったりしてな。。。」そんなことを考えていた。


とにかく親父に電話した。はじめて親父の驚いた声を聞いた。

生まれて初めて少しは親孝行できた気がした。



日本にいた時には多くの人に「お前そんなことも知らないでよく生きてこれたな」とかよく言われていたがそんなオレでもなんとかなった!


人生で一番うれしい瞬間だった


しかし本番はこれから。授業がめちゃくちゃ難しいとか死ぬほど課題がでると他の学生から聞いていたのでこの残り2年でどれだけ成長できるかがオレの人生を決める。



編入後、居させてもらってる感

編入前からバークレーに住んでいたのでUCバークレーはドリームスクールで入学が決まったら地元でめっちゃ自慢してやろうと思っていた。しかし、あまりに周りについて行けなくてそれどころじゃなかった。「こんなスゲー人達の大学に居させてもらってるんだな」と恐縮しながら最初の学期を過ごした。


初めての中間試験は統計学で30点と平均以下。テストで点数が取れなくても周りがすごいからしかたないと正当化していて成績も悪かった。



「いやっ、ちょっとまてよ!」と思い始める

1学期が終わるとだんだん慣れてきて「やっぱり人間本来の頭の良さは変わらないな」と思う様になり、いよいよライバル意識が芽生え「オレもバークレー生だ!」と自覚が芽生えた。先学期の失敗を踏まえて攻略法を考え勉強の仕方に問題があると思い戦略を考え始める。


すると周りの学生と比較することで一つ大きく違うところを発見した。それは


「授業自体で理解し覚える」こと


はっきり言って自分は元々勉強は得意でない。だから授業を聞いてわからなかったら「後で調べよう」とか「週末にキャッチアップしよう」と考えその場はなんとなく流す癖が身についていた。


それをやるとクラスの課題に時間を使えるはずが授業の内容をもう一度やるので他の課題が追いつかなくなる。読書課題などは週末に200ページくらいあるので英語が苦手な自分にとってはそれだけで時間がかかる。


だから以下の3点を行い授業自体をその場で理解し覚える癖をつけた。


1. 授業の内容を予測して予備知識を入れておく。

2. 明日からその授業を自分が教えると仮定してノートを取る。

3. わからないことはその場で解決する。

などと勉強方法を変えた。その結果、成績はかなりまともになりエッセイでもネイティブの平均値を大きく上回る成績をとることができた。




つーことは。

自分はいつも人の能力はさほど変わらないと思っている。確かに天才はいるがほとんどが努力家だ。ここで勉強している人のほとんどが「オレはそんなに頭良くない」とか思っていて人一倍努力できる努力家集団であることに気づく


自分が最初の1学期目で成果が出せなかったのは周りが自分よりも数段優れている事実を地頭の良さの影響だと錯覚していたことで努力を怠ったからであった。


アメリカの大学は日本の大学と比べると入学段階ではそれほど学力を求めない。入学後にひたすら鍛えられて卒業していくからだ。


もし自分がバークレー生の自覚に芽生えなかったら恐らく看板だけ立派なザコとして社会復帰していたのだと思う。


どこ行っても常に上には上がいる。それを見た時に元の能力はさほど変わらないと思うことができれば更にもう一歩進むことができる事を経験した。あとは継続した者が勝つと信じてこれからもやり続けようと思っている。


自分のようなザコでも継続的な努力はできるのだ。


最後に

僕の長い文章に最後までお付き合い頂いてありがとうございます!


留学することが決まった時に僕は自分が「どれ程恵まれているのか」知らされました。中学高校は好き勝手遊び多くの人に迷惑をかけ、ろくに勉強もしてないのに留学するチャンスを得られた。


多額の費用がかかる以上、誰にでもできる経験ではありません。ましてアメリカのトップスクールの学費は尋常じゃない金額です。子供の頃から留学を夢見て、でも金銭的な支援が得られず諦める人が多いことも留学してから知りました。


ですから、自分ができることは最大限にやろうと思い今回storys.jpにて自分の過去、「ぼくのやったこと。」を共有することで誰かの役に立ちたいと思いました。


今後もブログを通じて情報共有していきますのでもしご興味頂けましたら御覧ください。

また留学に関する質問等ございましたらメッセージください。


ブログ http://takuyasuzuki.com/

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twitter https://twitter.com/takuya_suzuki_

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2015年10月5日に追記しています。

僕が始めてこのストーリーを書いたのは一年前です。ものすごく反響があり、その後多くの人から「私も頑張ります」とメッセージをもらい、僕自身が更にモチベーションを得ました。そして運のいいことに、出版社の方からも出版しないかとお誘いをもらいました。ネットで何を言われようが、もし僕のこの家族のストーリーが少数でも誰かのモチベーションになるのであれば、出版という方法を駆使してでも広める価値があると思い一冊の本を書きました。


『バカヤンキーでも死ぬ気でやれば世界の名門大学で戦える』

タイトルとは裏腹に家族との話を盛り込んで良い物となってます。もしご興味頂けたら僕の気持ちを読んで貰えると嬉しいです。


ありがとうございました!


ストーリーをお読みいただき、ありがとうございます。ご覧いただいているサイト「STORYS.JP」は、誰もが自分らしいストーリーを歩めるきっかけ作りを目指しています。もし今のあなたが人生でうまくいかないことがあれば、STORYS.JP編集部に相談してみませんか? 次のバナーから人生相談を無料でお申し込みいただけます。

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