【バカヤン】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと」

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前編: 「ぼくのやったこと」もし元とび職の不良が海外名門大学に入学したら。

その時に買った辞典。新品同様な状態で実家に眠っていた。




専門学校に通う

いずれにせよ独学で勉強するのは無理だと思い情報処理の専門学校に通い資格をとって就職しようと考えた。


授業は2進数から始まるのだが累乗の意味もわからない分数の通分のしかたも覚えてなかった。そもそも四則演算はなぜ()が重要なのかもわからず演算の順番がめちゃくちゃで回答がいつも変化した。教育のプロの教えのおかげで情報処理の国家資格を取得しIT系企業の法人営業として就職することができた。



営業マンになる

2008年についに営業マンになった。


しかし入社した年の10月頃にはリーマン・ショックが起き100年に一度と言われる金融危機が発生した。幸い自分は新卒で入社していたこともあってクビになる恐れはなかったが能力のない中堅社員はどんどん淘汰されていく現実を見た。


「オレ全然イケてないな、デキる人ってなにが違うんだ??」この頃から自分とデキる同期・先輩・上司を比較し始めた。そこでわかった違いは

• 経験値

• 学歴

「あの人らが持ってる勉強していく力が欲しい」そう思うようになり「もしかしたら大学受験とか大学の授業で培ってる臭いな!」そう思うようになり大学進学を考えはじめた。



大学を目指す

学ぶ能力がなければどんなに良い経験をしても得られるものが少なくなってしまう。まして景気の影響もあり社内の多くの案件が凍結・キャンセルになっていたので経験する機会すら少なくなっていた。

世間は最低3年は働かないと経歴とは認められないと聞いていたので3年くらいは働こうと思っていたが経験値が貯まらない環境に3年もの時間を注ぐことに意味を感じなかったので思い切って退職して大学に行くことにした。


自費でなんとか行ける大学の候補として放送大学を選び情報収集していた。ネットでその情報を見ているところを親父に見られ親父が

「お前今更大学行こうとしてるのか?」


と言われた。



「・・おう」



そしたら「今なら投資できるぞ!」と言い出した。

後から話を聞くと自分が本来大学に行く年齢、18歳の時、親父は金がなく学費をサポートすることができない状況で、父親にとってそれは情けないことだと捉えていたようだ。


大学を目指したのは24歳、親父のビジネスは成功していた。次の目標として家族3代で成功することを目標に掲げていたらしくそのタイミングで自分が大学を目指したので親父は「一旦予算のことは考えないでベストなプランを考えてみろ」と言ってきた。


親父が家族の為に貯めた大切な金を使うのだから「てっぺん」狙おうと思い東大受験を考える。しかし、あまりにも勉強経験がないので受験をパスするのに2年〜3年かかってしまうと想定した。大学を卒業するのに6年以上かけるのは長すぎると思い期限は最大5年に設定した。



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