ハイスクール・ドロップアウト・トラベリング 高校さぼって旅にでた。
旅、前日
なんでもない日常のなんでもないある日。
寝る前、明日の朝に旅立つことを決めた。
高校2年生の梅雨の季節。
明日、突然いなくなる。
親も先生も友達もクラスメートも誰も、ぼくが旅に出た理由はぜったいにわからない。
前後の脈絡なしに突然、失踪したようにしか見えないだろう。
それがいい。
ぼく自身、何のために、どこに行くか何も決めていない。
つまり、明日からぼくがどうなるか、本当に誰も知らない。
神さまだってきっとわからないだろう。
本当の旅とは、新しい景色を探すためではなく、新しい“目”をもつためのものである。
―マルセル・プルースト
☆
旅、1日目
「今日からちょっと旅にいく」
朝、いきなり母親に言った。
母親は驚いていたけど、仕事に出かける前の慌ただしい時間帯で、ぼくに詳しく尋ねる暇もなかった。
高校に電話だけかけて、すぐに出かけて行った。
「すみませんが今日、息子は旅にいくので学校を休ませて頂きます」
「はい、わかりました!お大事に!ガチャッ」
受話器の向こうから聞こえてくる先生の声は事務的で、一瞬で電話は切れた。
☆
全財産、3万円。
中学校の社会の地図帳、小学校の理科の方位磁石。
着替えの靴下とパンツを一着ずつ。
とりあえず歯ブラシ。
読みかけの寺山修司の文庫本。
いつもの通学リュックに適当に入れた。
☆
玄関のドアをあけると、いまにも降り出しそうな空。
そういえば昨日、傘を学校に忘れたんだった。
傘をとりに高校へ行くことにした。
いつもの阪急電車。
いつもの通学路。
今日もいつも通りの人生が順調だ。
☆
校門をくぐったときには遅刻寸前だった。
傘立てのそばにいる先生がぼくに気づいた。
「もう始まるぞ!急げ!」
「すいません!」
軽く走った。
まだ間に合う。
傘立てにたどり着き、きのう置き忘れた傘を抜き取った。
いま、だ。
神さまにフェイントをかける勢いで、回れ右する。
「えっ?!どこに行くねん?」
「すぐ近くに忘れ物をしたので取りに行ってきます」
適当にごまかして、戸惑う先生を残して、小走りで校門を出る。
もう間に合わない。
キンコンカンコンと背中でチャイムが鳴る。
ゆっくり歩き出す。
どっかへ走って ゆく汽車の
75セント ぶんの 切符をくだせい
ね どっかへ走って ゆく汽車の
75セント ぶんの切符を くだせい ってんだ
どこへいくか なんて
知っちゃあいねえ
ただもう こっから はなれてくんだ
―ラングストン・ヒューズ
☆
どこに行くか?
いま決める。
思い浮かんだ目的地は、群馬県の山田かまち水彩デッサン美術館だった。
山田かまちは17歳のときにエレキギターの演奏中に感電死した少年で、彼の書き遺した絵や詩は、中学生のころからぼくの心の支えだった。
かまちが死んだ17歳になるまでに行けたらいいなとぼんやり思っていた。
とりあえず東へ行こう。
☆
方位磁石と地図帳を出した。
が、地図帳を広げても道路は載ってなくて、道がぜんぜんわからなかった。
持ってきたことがいきなり無意味だ。
まあ、どうでもいい。
ひたすら早足で歩く。
知っている景色はすぐに知らない街の景色に。
そして田んぼや畑、山の景色に変わっていく。
遠くへ遠くへ。
学校では今ごろ、いつもと同じ日常が繰り広げられている。
著者の成瀬 望さんに人生相談を申込む
著者の成瀬 望さんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます