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古新 舜

映画監督・コミュニケーションデザイナー
映画×教育をテーマに、世の中の当たり前を疑う姿勢、決められたレールから外れることの大切さ、2つの違ったものを融合させる姿勢をテーマに、作品創りを行っている。「シネマ・アクティブ・ラーニング」を各地で開催し、社会人基礎力を養うワークショップを展開する。次回作は、屋久島を舞台に、女子高生と分身ロボットOriHimeとの旅を描く。

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古新 舜の人生のストーリー

いじめとひきこもりから映画監督に

皆さん初めまして。映画監督をしております古新(コニイ)と言います。 現在、初の長編映画「ノー・ヴォイス」が劇場公開され、この映画の監督と脚本を務めております。(*)「ノー・ヴォイス」…日本では年間17万頭の犬猫が《殺処分》をされている中、犬猫との共生のあり方を追いかけたドラマ&ドキュメンタリーの2本立ての映画です。 映画監督と言っても、40代で若手と言われるほど、下積みや経験が大変重んじられる世界で

いじめとひきこもりから映画監督に(2)

大学を休学してから24時間インターネット漬けだった 私の大学の四年間はほとんどネットの世界に引きこもっていました。どうしてそんな風になったかと言うと、小さい頃から勉強ばっかりの自分が第一志望の東大に落ちたからでした。 「東大に落ちる=人生に失敗した」 当時の私はそんな考えの持ち主でした。 私は幼稚園の頃から塾に通っておりました。家の両親は決して裕福とは言えない家庭環境から、両親共に有名な企業に勤めま

いじめとひきこもりから映画監督に(3)

進学校でのいじめ体験 中学校から進んだ学校は進学校でした。東大か医学部が当たり前のような風潮の中で、本当は演劇がやりたったのですが、周りの視線が怖かった自分はそんなことを周りの子に伝えられず、やはり中高でも虐められ続けました。 Yシャツがグチャグチャ、ロッカーがボコボコ 進学校だったため、あからさまな暴力は即退学に繋がるため、周りのいじめっ子たちもいろいろと工夫して、自分を虐めていました。 私の学校

いじめとひきこもりから映画監督に(4)

チャットで出来た友人を心から信じられた 私が常連になったチャットは、「Terry's Wander Chat」(WanderはきっとWonderなのでしょうけど、原題のまま)通称「てりちゃ」と呼ばれていました。 Yahoo!検索で17位に登場していたそのチャットはアクセス数が当時10万ほども行く人気サイトだったのです。 なぜこのサイトを選んだかと言えば、他のチャットと大きく違ったものがあったからです

いじめとひきこもりから映画監督に(5)

初めてのOFF会で出会う人たちは…… チャットで仲良くなった友人と待ち合わせて初めて会うことになったには、2000年7月。同級生ですら会うのが怖い自分にとって、見ず知らずの人と初めて会うには勇気が必要で、かつ緊張の連続でした。 ただ当時を振り返ると、こんなにも自分の話を聴いてくれる、こんなにも会話をするのが楽しいと思えた体験が無かったので、リアルな空間で彼らとどんな話ができるのだろうという 冒険心の

いじめとひきこもりから映画監督に(6)

あの伝説の管理人さんが現れた! この時の衝動は、 街中で芸能人に遭遇したかのような 驚きと緊張でした。いつものように明け方までチャットをやっていた時に、ICQ(って皆さん判りますか? 世界で草分け的な存在のオンラインメッセンジャーです、今で言うLINEみたいなやつです)に管理人さんが現れたのです。 声を掛けてもいいのか、失礼なのか、そんなドキドキが。 時間は、やはり深夜2時。忙しいことで有名な管理人

いじめとひきこもりから映画監督に(7)

インターネット上で自分のハンドルネーム(HN)が荒されていた いつものようにチャットで遊んでいると、常連さんがやってきてこうつぶやきました。 チャットの常連さん ねえ、君の名前、いろんなBBS(掲示板)で荒されてるよ! 19歳のおいら ええ? 本当ですか? 編集 愕然としました。小さい頃からずっといじめられ続けて、インターネットの世界に逃げるように転がり込んできた自分にとって、ネットの世界は自由で解

いじめとひきこもりから映画監督に(8)

電話口の泣いている女性が、伝えてくれたこと 泣きじゃくる女性を待ち続けて1分くらいだったでしょうか。 彼女は声を絞り出すようにして 、僕に話しかけてくれました。 愛知のチャットの常連さん 初めまして。私はちいって言います。 19歳のおいら あ、はい。 編集 見ず知らずの、それも愛知の女性と電話で初めて喋る気分はなんだか不思議で、それも泣いている彼女に向かってなんて喋ったら良いのか言葉に詰まり、自分か

いじめとひきこもりから映画監督に(9)

管理人さんが亡くなった後にしたこと。 人気サイトの管理人さんが無くなった後のチャットは、どこかぽっかり心に穴が空いた感じでした。 いつもなら、忙しくても定期的に更新される記事や情報が、当然ながら更新されず、毎日書かれていたBBSのレスも書かれないまま、多くの人たちが遊びに来ている。 チャットの常連さんからは、 チャットの常連さん もうこれから、人が徐々に来なくなるのかな? などという会話も出ていまし

いじめとひきこもりから映画監督に(10)

突然テレビ局から取材が来た 思いがけない出来事にビックリしました。それも明日、自分の自宅で取材をさせて欲しいとのこと。 当時私が子ども向けに作ったインターネットのエチケットのサイト「 ネチケットってな〜に?! (現在は稼働させてません、アーカイブとして参考まで)」のことを聞かせて欲しいという内容。 自分の番号をテレビ局の人が知っていることも驚きましたが、明日急に取材をする意味を聞きたくて、 22歳の

(まとめ)いじめとひきこもりから映画監督に

18歳までは人生はつまらない、苦しい物だと思っていた自分にとって、 インターネットの世界は生きるって楽しいと思わせてくれる世界でした。 その世界で感じたことを3つに分けて お話してみたいと思います。 その1:話を聴いてくれる仲間ができた 自分は小さい頃から特徴的な視点で物事を見ていたため、 学校ではいつもいじめられっ子 でした。 幼稚園の頃からテレビが大好きで、その反面、木や海をただ眺めるのも大好き

犬や猫の映画を作って初めて知ったこと(前半)

日本にこんな場所があるなんて、初めて知った…… この映画の出発点はそんな驚きの気持ちからでした。 私は、映画監督をしております古新舜(こにい しゅん)と申します。 初長編映画「 ノー・ヴォイス 」を公開し、現在全国で自主上映会を行っております。 この映画は、日本で年間16万頭(平成24年)の 犬や猫が保健所やセンターで《殺処分》を受けている中、 この現実をどうしたらしたら変えていけるかを三年間、いろ

犬や猫の映画を作って初めて知ったこと(後半)

人間は一人では生きていけない 相馬、南相馬の伝統行事 「 相馬野馬追 」 を 2011年4月から2012年まで追いかけて、そう感じました。 震災が起こる前は、私自身、そんなことを感じることなく、都会での暮らしの中で、 日々生活をしておりました。 震災が起きてから、気づかされたことは、 都会の豊かさは本当に豊かなものなのか? ということでした。 震災直後に大切にされたことは、人とのつながりや精神性、他

映画制作から従来の勉強とは違った学びの在り方に気付いた話〜シネマ・アクティブ・ラーニングを生み出すきっかけ〜

「映画制作には学校で学ぶ全ての科目が含まれている」 私は現在、映画監督として活動をしながら、映画を通じたワークショップを各地で開催しております。 そんな私ですが、実は、 元は大手予備校の物理講師であり、 映画業界とは全く縁遠い人間だった のです。 そして、映画を作る過程には、 学校の既存の科目とは全く違った学習方法 に気付いたのでした。 映画制作は、学校の新しいカリキュラムに成り得るのではと思えるよ

大手予備校の教壇から「大学なんて行かなくてもいい」と叫んだ結果

大手予備校講師から現在は××をしています 私は、大学を卒業してから10年間大手予備校・物理科の非常勤講師をしておりました。 ひょんなご縁があり、映画の業界に入り、 映画監督として作品を創りながら、コミュニケーションデザイナーとして コミュニケーション能力を引き出すワークショップの活動をしております。 ※詳しくは、「 いじめと引きこもりから映画監督に 」をご覧下さい。 予備校講師と映画の助監督を同時で

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古新 舜
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いじめとひきこもりから映画監督に

皆さん初めまして。映画監督をしております古新(コニイ)と言います。 現在、初の長編映画「ノー・ヴォイス」が劇場公開され、この映画の監督と脚本を務めております。(*)「ノー・ヴォイス」…日本では年間17万頭の犬猫が《殺処分》をされている中、犬猫との共生のあり方を追いかけたドラマ&ドキュメンタリーの2本立ての映画です。 映画監督と言っても、40代で若手と言われるほど、下積みや経験が大変重んじられる世界で
はやし ゆうすけ
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アトピーから自分らしさと生き方を教り、アトピーセラピストへ生まれ変わる物語

『アトピーから自分らしさと生き方を教り、アトピーセラピストへ生まれ変わる物語』 『アトピーと仲良くする生き方』 「atopiness」は「atopy」と「happiness」を合わせた造語。 ここに、アトピーと共に生きてきた足跡があります。 「自分の姿が悲しかった・・・」 「かゆくて眠れなかった・・・」 「そんな毎日が苦しかった・・・」 「先の見えないこの体質が、すごくつらかった・・・」 そんな終わ
Ken Zhao
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ここが変だよ日本企業

全然おなじみではありませんが 日本語が通じないド田舎で生まれた猿が、気がついたら東京でニートになっていた話 を書いた中国人のkenと申します。 数カ月ぶりの更新のような気がするのですが、何事もなかったかのように、しれっと予め設定していたストーリーについて、更新します。 今回、本来のタイトルは「日本企業と中国企業の違い」というタイトルでしたが、どう考えても比べられるものではありませんでした。 なので、
長谷川 弘樹
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【色覚異常の話】周りの人達には、どうやら虹が虹色に見えるらしい。

周りの人達には、どうやら虹が虹色に見えるらしい。 虹が本当に7色に見えるのであれば、どれほど美しいのだろう。 僕は、2色で構成される世界で生きている。 先天性の色覚異常だ。 これといった先入観がない限り、水色、青、紫といった色は「青系」として、黄、赤、緑、茶、肌色、朱色、オレンジといった色は「赤系」として識別される。 それ故の失敗談は、掃いて捨てるほどある。 幼稚園の参観会では、背面黒板に貼られた「
小泉 憲一
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月収12万円だったしょぼい起業家が、新しいビジネスを立ち上げて3ヶ月で収入を30倍にした話

6年前、終わりの始まり ああ、もうダメかもしれない・・ サプライズを企画する会社をはじめて6ヶ月。 オフィスが無いおかげで大きな固定費はないが、 収入源のあるビジネスじゃないのに社員を雇ったせいで 毎月100万円以上のお金が飛んでいく・・ 社員に給料を払うために、自分の手元に残すお金は 月々の少ない生活費の12万円が限界。 つまり、 月収12万円 これが起業して6ヶ月もたったその頃の私の月収だ。 用
荒川 泰之
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「毒親に育てられると自分も毒親になる」らしいから自分なりにあがいた結果、子育てタイプ分析ツールを作ることになった話

ぼくは中学生の頃にどこからともなく、こんなことを知りました。 「虐待を受けて育った人は、自分が親になった時に自分の子どもにも虐待する」 身に覚えがあったぼくは、これを知ってとても怖くなりました。 ぼくが小学校に上る前に、両親は離婚していました。別れた父親は、ぼくのことをしょっちゅう怒鳴ったり脅したり、時には叩いたりしてたようです。保育園からの母親との帰り道、ぼくは急に立ち止まって 「おうちに おとお
西垣 拓治
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到底無理と思えた「Tシャツ99円」完成までのエピソード!物の価格の正体とは…?

たまたま行った場所で、ある体験がきっかけで それが記憶に残っている事ってありますか? 今回の99円Tシャツプロジェクトが生まれたのも、 記憶に残って離れない体験をしたことがきっかけでした。 日本からフィリピンへ。 今年の初めに99円プロジェクトのメンバーでフィリピンへ研修に行くことになりました。 日本からフィリピンへはたくさんの航空便が飛んでいるのですが、 最近では、セブパシフィックなどのLCCがキ
Kawaguchi Yoshiki
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MacBook Airが愛媛県警察を「ちょっとだけ」動かした話。

これは...もしかして...詐欺、なのか?? この壮絶な物語は、いまから3か月前の友人のフェイスブック投稿でした。 友人 MacBook Airを4万円で買ってしまった~。インターネットすごい!! ちょうどその時僕もなんとかMacBook Air を安く手に入れられないかと考えていたので、その友人にどうやってそんな破格で手に入れたのかを聞きました。(ちなみにMacBook Airは新品で買うと10万
Kuribara Kao
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許すことをやめて認めることを頑張ることにした

 私はかなり小さい頃から両親が好きじゃない・・・というか憎んでいる部分が心の中にある。   これを言うと大概は「生んでもらって育ててもらったのに恩知らず」とか「もっとひどい親だっているじゃない」と言われることは重々承知している。  でも心の中を覗くと憎しみと怒りと悲しみがある。殴られたこと、蹴られたこと、暴言・・・ 自分の心の根幹を揺るがすほどのことがたくさんあった。トラウマも沢山できた。 同時に「
竹内 容堂
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まともに中学校も行かなかったけど、最高にHAPPYな話

自分は小学校5年の半ばで、沖縄から横須賀に引っ越してきた。 なんというか、子どもながら「くだらねぇ」と感じ、あまり行かなくなった。 何に対してくだらなかったんだろうか? 今考えれば「みんながそうだから、君もそうしなさい」的な物を感じたんだと思う。 そういう感じの子どもだった俺は、中学校も授業に出たのは一年生の時だけ、2年、3年と部活しか行ってなかった。 進路に関しても「仕事するからいい」って一点張り

書きかけのストーリー

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