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阪口 ユウキ

1987年生まれ、千葉県出身。旅をしながらPC1台で旅資金を稼ぐ「パワートラベラー」というライフスタイルを実践中。
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http://powertraveler.jp/

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阪口 ユウキの人生のストーリー

あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで! こんにちは! 個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は今の仕事をはじめてまだ稼げなかったとき、2011年9月~2012年4月まで、 大阪・あいりん地区のドヤ街で暮らしていたことがあります。 (詳しい経緯は「 鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。 」で書いてます)

鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。

こんにちは! WEBの仕事をしながら世界を旅している阪口といいます。 2012年7月に出国以降、東南アジアとヨーロッパの7ヶ国に住みつき、現在も旅をしながら、旅資金を稼ぐ生活を続けています。 しかし三年半前、 僕は鬱病で仕事を辞め、起き上がることもできない状態にいました。 今日は、鬱病で寝たきりの状態から、どうやって世界を飛び回る力をつけたのか、お話させていただきます。 ※この話は2014年4月、朝

【男が道に迷ったら】とある石油会社の重役に、利根川で鯰を釣りながら教わった人生の指針。

男はな、○○をしていないと、何を見つけることも、何を手に入れることもできないんさ。 こんにちは! WEBの仕事をしながら世界を旅している、阪口といいます。 今から3年半前、僕は重い鬱病で、半年ほど寝たきりになっていた時期があります。 そのとき、利根川の桟橋で、 とある石油会社の重役である「伊波さん(仮名)」 という方と釣りをする機会がありました。肩を並べて釣りをしながら、 男が道に迷ったときはどうす

異国の街に大好きな恋人を置いてきた。その悔しさを晴らすためだけに起業した話。

こんにちは! WEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は23歳のときに会社を辞め、24歳のときにWEBで起業しました。 25歳のときに出国をして、それから海外を転々としながら、WEBサイトを作ったり、コンサルティングなどをしています。 しかしそれは、 社会にどんな価値を与えようだとか、どんな貢献をしようだとか、そんな立派な理由があってはじめたものではありませんでした。 僕が起

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土田 ひとみ
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【末期がんの父に贈った病院ウエディング】めげない心が起こした奇跡

「国語も算数も全部できなくていい。 ただ、 これだけは誰にも負けないという たった一つの道を見つけなさい」 小学生になったばかりの私に、父が言った。 普段、こんな真面目なことを言わない人だったから、 この言葉は、私の胸にグッと刻まれた。 それからいつもこの言葉は胸にあった。 だけど、 「たった一つの道」は見つからないままだった。 だって、簡単に見つかるものじゃなかったから。 もう、探すのも辞めようか
山本 裕子
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一風堂のスタンプカードが私に教えてくれた大切な3つのこと。

プロローグ ずっと自分の中にだけしまっていたことがあります。 こんなとこで公表してもいいものなのか。しかし、もう自分だけでは抱えきれなくなってしまいました。 他の方の協力が必要なところまで。  あともうちょっとで夢が叶うのです。でもタイムリミットがあと1ヶ月半後にせまってしまった。。  なので… ついに 、 ついに。 バリスゴカードのスタンプについて、募集したいと思います。  ===========
西勝 ユズル
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23歳、社会人1年目の僕が“うつ”で死にそうになり、8コ上の萌え声お姉さんの「そっか、あなたは○○をしたかったんだね」というたった一言に泣き崩れ、生きる活力をもらった話。

そっか、あなたは○○をしたかったんだね。 この出会いがなければ、僕は死んでいたかもしれない。 はじめまして!心の事をお仕事にしながら、旅を続けるライフスタイルをしている西勝ユズルと申します。 タイトルのとおり、僕は社会人1年目の時に“うつ状態”となりました。そして、半年で完治をするという経験をしていくのですが、その時に家族や友人など、様々な方から、涙のでるような言葉を何度も頂き、僕はスピード良く社会
山本 顕太郎
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家庭崩壊で鬱病寸前だったクレープ屋の僕が、○○○に出会って人生が180°変わった話

<第1章> 『絶対にすぐ潰れる』 友人や親戚にそう言われながら開業したクレープ屋が 8年目 に入った。 今だから言えるが、僕自身も 「もって2年だろうな」 と思いながら開業したのである。 ■「もって2年だろうな」と思った理由は2つある。 ① 自分の納得のいくクレープが完成していないのにオープンせざるを得なかった。 ② そもそもクレープ屋なんて都会もしくは大型ショッピングセンターでしか成立しないと思っ
成瀬 望
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ハイスクール・ドロップアウト・トラベリング 高校さぼって旅にでた。

旅、前日 なんでもない日常のなんでもないある日。 寝る前、明日の朝に旅立つことを決めた。 高校2年生の梅雨の季節。 明日、突然いなくなる。 親も先生も友達もクラスメートも誰も、ぼくが旅に出た理由はぜったいにわからない。 前後の脈絡なしに突然、失踪したようにしか見えないだろう。 それがいい。 ぼく自身、何のために、どこに行くか何も決めていない。 つまり、明日からぼくがどうなるか、本当に誰も知らない。
真田 孔明
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ストーリーJPで連載で出版!のジンクスは本当だった!?本日KADOKAWAより出版した僕の出版前後の実話

もともと僕が、ストーリーJPのことを知ったのは、僕のプライベートの友人である阪口祐樹さんから紹介されたのがキッカケだった。 阪口裕樹さんは、2013年末頃からストーリーJPで連載を開始。その結果、すぐに出版社からお声がかかり、『うつ病で半年間寝たきりだった僕が、PC一台で世界を自由に飛び回るようになった話』を、朝日新聞出版から出版することになった。 先日、阪口裕樹さんは、僕の住むマレーシアジョホール
阪口 ユウキ
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異国の街に大好きな恋人を置いてきた。その悔しさを晴らすためだけに起業した話。

こんにちは! WEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は23歳のときに会社を辞め、24歳のときにWEBで起業しました。 25歳のときに出国をして、それから海外を転々としながら、WEBサイトを作ったり、コンサルティングなどをしています。 しかしそれは、 社会にどんな価値を与えようだとか、どんな貢献をしようだとか、そんな立派な理由があってはじめたものではありませんでした。 僕が起
Shono Maho
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第3話 絶対見てはいけないもの。【少し不思議な力を持った双子の姉妹が、600ドルとアメリカまでの片道切符だけを持って、"人生をかけた実験の旅"に出たおはなし】

人生を変えるのはいつも人との出会いだった。 しかも、 え?漫画ですか?小説ですか? というくらい、分かりやすいオチつきの出会いがたまにやってくる。 その出会いが本当に人生の角度を思いっきり変えてしまうのだ。 この日の出会いも変わっていて、その日一日ずっと変な日だった。 もう路頭に迷っていた。 まずこの時の説明をすると、時間は2010年の夏頃で、東京で二回目の服の専門学校へ通っていた。 この時の私はも
遠藤 譲
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アウトドア初心者が、アフリカで中古車を買ってテントを張りながら100日間旅をしてみた話<1>「プロローグ」

26才 だったボクは、南アフリカで中古の4輪駆動車を手に入れて彼女と二人きりで無計画の旅に出た。 100日 にわたった旅を振り返ってみれば、ナミブ砂漠を縦断し、カラハリ砂漠を横断し、大陸を大西洋からインド洋まで横断し、毎日テントを張りながら アフリカ9カ国 を走破した。 そのほとんどが未舗装の凸凹道であったが総走行距離は 2万1000キロ に上り、地球を半周したくらいの距離を運転したことになる。 こ
オガワ マサノリ
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正月、僕はマニラで死にかけた

海外旅行、トラブルは突然に・・・ 2013年1月1日、僕が気づいたときにはもう夜になっていた。 しかも場所は新千歳空港だ。 一体いつ新年が明けたのだろうか。 大晦日から正月という年が変わる節目の丸1日の記憶が全くなかった。 これ以前の記憶は12月31日の夕方まで遡る。 僕はマニラにいた。 年末年始の正月休みを利用して僕はフィリピンのマニラに一人で観光に来ていた。 北海道に住んでいた僕は、新千歳空港か

書きかけのストーリー

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