フランスの人間国宝級も認めたシャンパン同様の製法で作り上げたスパークリング日本酒 群馬・永井酒造の「MIZUBASHO PURE」誕生秘話と見据える未来
2017年からフランスで開催されている日本酒コンクール、「Kura Master」は、フランスのトップソムリエが審査を行う品評会です。このKura Masterのスパークリング部門で、2020年度最高位のプラチナ賞に選ばれたのが、私たち永井酒造の「MIZUBASHO PURE」。構想から10年、開発に5年を要した「MIZUBASHO PURE」の誕生秘話を、開発を手掛けた6代目の私、永井則吉が語ります。
「世界に通用する日本酒を売りたい」25年前に抱いた想いが原点
永井酒造は、群馬県川場村で134年にわたり酒造りを営んできました。私は今から25年前に入社し、兄の跡を継ぐ6代目として当主を務めています。
入社した当時から、「せっかく日本酒を作るなら世界に通用するものを売りたい」と思っていました。転機となったのは、ある強烈なワインとの出会いでした。その衝撃から、ワインの世界を学ばなければと強く思ったのです。
知れば知るほど、世界におけるワイン市場の大きさ、日本酒市場の小ささを痛感。25年が経ち、日本酒の輸出が話題に上るようになった現在ですが、ワインの世界市場年間20兆円、フランスワイン輸出だけでも1兆円の規模に対し、日本酒市場は年間4500億円、輸出金額は10年連続で増加しても230億円で市場規模の格差が広がっています。25年前は、日本酒は構内消費が殆どで、日本酒を世界で売るためには、ワイン市場で認められない限り継続的に輸出価値を上げられないだろうと思いました。
ワインについて学ぶなかで知ったのは、ブランド価値の戦略的向上です。ワインメーカーは、歴史・ビジョン・哲学の3つを非常に大切にされており、ストーリー化することでブランド価値を上げています。希少価値だけではなく、こうした戦略的なブランド価値向上も長期的な視点で必要なのだと知りました。 どうすれば、日本酒にも価値を付けて世界に提供していけるだろう。まず私が気付いたのは、新酒ばかりもてはやされている日本酒の現状でした。新酒はその時、その場だからこその価値であり、輸出を考えると付加価値が付けられません。
そこで25年前に始めたのが、刻に価値を赴くヴィンテージ日本酒の研究です。日本酒にも古酒の概念はありますが、熟成酒の概念はありませんでした。赤ワインのように、熟成させた日本酒を作りたいと思ったのです。
ただ当時は両親、そして昔から永井酒造で働いてくれているベテラン杜氏をはじめ、社内には賛成者が誰もいませんでした。熟成にも時間がかかるため、やり始めないことには結果もわかりません。「自己責任でやるから数十本から実験させてほしい」と頼み込み、熟成酒の研究を始めることができました。
一般的な日本酒は「白ワイン」、熟成酒は、ワインでいう「赤ワイン」を想定できましたが、スパークリングとデザートワインに位置するお酒は、日本酒にはありませんでした。
そこで今回、Kura Masterで表彰いただいたスパークリング日本酒「MIZUBASHO PURE」は、このようにワインに置き換えて食事と合わせて楽しむことを想定した際、乾杯に適したポジションの日本酒がないと気付いたことから生まれました。グローバルな場で日本酒を乾杯に使う際の定番は鏡開きをする樽酒で、良くて大吟醸クラスです。当時、海外で基本とされているスパークリングワインのような軽いお酒は、日本酒の中に相当するものがありませんでした。
熟成酒を世界に売っていくためには、まずはスターターとなる本格的なスパークリング日本酒が必要不可欠だと考えました。スパークリングの最高峰シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵を行うきめ細かい泡の日本酒を作りたい。そして、それはまだ日本では誰も挑戦していない。そこから、「MIZUBASHO PURE」の開発への挑戦が始まりました。
心が折れた500回の失敗
シャンパンには、気圧の数値や瓶内二次発酵の期間、原料となるぶどうの産地など、細かなレギュレーションが存在しています。私が目指したのは、その日本酒バージョン。加えて2000年を超える日本酒の歴史とアイデンティティはそのまま尊重し、純米酒製法でスパークリング酒を造りたいと考えました。開発に着手したのは2003年。この頃には私も30歳を超え、責任を負える工場長に就いていたため、自分の責任の元開発にチャレンジできました。ただ、新しいことを始めるときには、前例がないために理解されることは難しい。このときも、私、当時社長の兄、後藤杜氏しか知らない状況で粛々と研究開発を進めていきました。
スパークリングワインと純米酒製法の日本酒には、違いが3つあります。1つ目は、瓶内2次発酵を促すために、スパークリングワインは、ワインにショ糖・酵母を添加しますが、日本酒はそれができない。その為、にごり酒と透明な日本酒のブレンドのみになり、オリ引きするオリの量もかなり多い。2つ目は、純米酒製法を貫くために、スパークリングワインでは一般的な甘味をあとで加える「ドサージュ」を行うことが出来ないこと。3つ目は、冷蔵保存をしないと味が劣化してしまう生酒では世界規模での流通が難しいため、ワインではあまり採用されていない火入れ殺菌が必要となることです。
いずれも大変でしたが、特に3つ目の火入れ殺菌の行程では、数千本を爆発させてしまったこともあるくらい難航しました。ガスが充満している瓶の中を65度まで加熱して温度を上げなければならないわけですから、その加減が難しかったのです。結果、3年間で500回失敗。可能性をすべてしらみつぶしにしても成功に至れず、心が折れてしまいました。
暗礁に乗り上げてしまったところで、2006年フランスへ渡る決意をします。スパークリングワイン最高峰であるシャンパンの原点となるフランス・シャンパーニュ地方でヒントを何も得られなかったら、もう諦めようという覚悟を決めての渡仏でした。
シャンパーニュ地方での学びを経て、ついに「MIZUBASHO PURE」誕生
シャンパーニュ地方への訪問は、私にとって非常に意義深いものでした。製造ノウハウやヒントを得て帰国後の開発再挑戦への道筋を得られたのはもちろんですが、特に大きな学びとなったのは「世界のシャンパン」に至るまでのブランドプロセス、農家やメゾン(蔵)など、シャンパーニュ地方に関わる人たちの情熱を知れたことでした。
シャンパンのブランドを維持するために、シャンパーニュ委員会があります。ぶどうを栽培している農家とシャンパンを製造しているメゾンで組織形成しております。そこには技術・ファイナンシャル・法律の各チーム、ブランドを守る広報部隊が揃えられておりました。こうして長期的なヴィジョンを持ちブランド力を世界へ広げていく努力を70年以上して、「世界のシャンパン」になりました。日本でもこうした組織をいずれは作りたいという想いに駆られました。あらゆる情報が新鮮で、折れた心なんて忘れてしまったほどです。あたたかく迎えていただいた現地の方たち、渡仏に協力してくれた方には非常に感謝しています。
帰国後、再挑戦から完成までには、更に2年200回の失敗を経ました。ただ、この200回の失敗は、いずれも原理を理解した上での発展的なもの。前半での失敗とは気持ちの面でも大きく異なりました。最後はいかに泡の質を上げていくのかを試行錯誤し、2007年にはおおかた完成。そこから1年をかけて特許取得、さらなる精度向上を重ね、2008年についに「MIZUBASHO PURE」が完成したのです。
構想からおよそ10年。酒造りの仕事人生のうちの半分をスパークリング日本酒に捧げてきました。ようやく船出できた安心感、嬉しさはひとしおでしたね。2008年の完成以降は、毎年前年に醸した自分たちの酒を超えていくことを目標に、バージョンアップを重ねています。自分で言うのもなんですが、着実に美味しさに磨きをかけていると自負しています。
Kura Master受賞は日本酒を世界価値に引き上げる大きな一歩
「MIZUBASHO PURE」は、2020年度の「Kura Master」スパークリング部門で最高位での入賞を果たしました。パリにおいて行われた本審査会では、4名のMOF(フランス国家最優秀職人章)ソムリエを含む、トップソムリエら51名の審査員がブラインドによるテイスティング審査を行いました。Kura Masterの審査員は、ソムリエの中でも「この人がジャッジをしているなら間違いない」とフランス人たちに言わしめるハイレベルな方たちです。
実は、私はKura Masterが初めて開催された際に、「なぜここまで日本酒に対してしてくれるのか」と主催者の方々に尋ねたことがあります。彼らは、「ワイン王国であるフランスは、世界をリードしていかなければならないと思っている。自国のワイン文化には当然誇りを持っているが、日本酒はそれに匹敵するくらいに素晴らしい技術と文化、味わいを持っている。そうした素晴らしい酒をワイン王国であるフランスから世界に発信することに意味があると思っているんだ」と教えてくれました。また、世界中のVIPに対し、ワインだけではなく日本酒という選択肢があることは、経験したことのないペアリングができ、そこにも魅力を感じているのだそうです。加えて、日本酒の世界マーケットはスタートしたばかり。可能性に満ちている点は、彼らにとっても魅力的と感じているようです。
私はシャンパーニュ委員会を目指すべく、2016年に9社で一般社団法人awa酒協会を立ち上げ、理事長を務めています。そのような中で、今回シャンパンをジャッジする人たちに私たちの作り上げた日本酒が認められたことは、賞の背景や私の立場、これまでの労苦を含め、大変価値があることであり、大きな一歩だと思っています。
創業135年を迎える来年には、熟成から10年以上経つヴィンテージシリーズの発売を予定しています。一方、国内での日本酒需要の底上げも目指し、20~40代の女性にも飲んでいただきやすい「MIZUBASHO Artist Series」を2020年9月に発売開始し、スパークリング酒(食前酒)・スティル酒(食中酒)・デザート酒(食後酒)の3種類を国内外に展開しています。
2000年の時を経て、日本の風土、歴史、日本人のコメに対する敬愛が凝縮して生まれたのが日本酒です。この先人からのプレゼントを、世界価値に持っていくのが永井酒造の目標。今はまだそのステップに立っているにすぎません。世界の食事のペアリングに、日本酒がワインと共に同じテーブルで共演できる世界観を目指して、これからも酒造りに邁進してまいります。
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