雑誌を作っていたころ(22)
親会社からの独立
隔月刊「日本こころの旅」が順調に続き、13巻を数えたころ、大事件が勃発した。親会社である学研が青人社に「出版社としての独立」を迫ってきたのである。
どういうことかというと、これまで青人社は営業部門と広告部門を持たず、それを全部学研に委託してきた。青人社の作った雑誌に広告を入れるのは学研広告局で、販売するのは学研販売局だったのである。つまり、青人社は編集部門のみの出版社、簡単に言えば編集プロダクションだったわけだ。
独立することになった理由は、「ドリブ」と「おとこの遊び専科」だった。学研が東京証券取引所に株を上場することになったので、「おピンク雑誌」を出していると株主から文句が出るというのである。「教育産業といいながら、なぜ裸雑誌を出しているのか」と突っ込まれたくなかったのだろう。
慌てたのは社長である。これまでは学研から編集費をもらって本を作っていたから、財政難になれば臨時増刊を作ってしのぐことができた。しかし独立すればそうはいかない。雑誌が売れなければたちまち倒産なのだ。しかも、営業部門と広告部門に経験者を雇い入れなければならない。
一時は、学研との間で同じ子会社である立風書房との合併も画策された。しかし立風書房社長の「死んでも裸雑誌と一緒になるのはイヤだ」の猛反対で頓挫する。学研経理局の試算では「青人社は独立したら2年もたない」という暗い予測が出た。
社長・馬場一郎の苦悩は、このときがピークだったと思う。進めば2年後の倒産、退けば会社解散。3年後に社長の命を奪った食道ガンは、医者の推測によるとこのとき発症したのではないかという。毎日1人で浴びるように酒を飲み、虚空を睨んで何事か考え込んでいた彼の姿には、鬼気迫るものがあった。
そして、社長の決断は「独立」。ただちに販売営業と広告営業の要員採用、取次との折衝、学研との引き継ぎが開始された。ぼくの「日本こころの旅」編集部は解散することになった。なぜなら、この本は「学研ムック」というコードで出版されていたため、ムックコードのない青人社では引き継げないからだ。残念だが、こればかりはどうしようもない。まずは青人社を独り立ちさせ、それからあらためてムックコードを取得し、「日本こころの旅」を復刊させればいいと考えた。
とりあえず仕事のなくなったぼくは、「遊軍」として新体制構築の雑務を任された。最初の仕事は採用計画の立案と求人広告の制作だ。すべてが「大至急」の仕事だった。
青人社始まって以来の「正規採用」がスタートした。それまではアルバイトで良さそうな人材がいると社員に引き上げていたから、求人広告を出して社員を公募するというのはやったことがない。ぼくは広告代理店に入稿する求人広告の文案を作り、採用試験の問題を作り、学研の各部署と調整のためにかけずり回った。
それと並行して、広告部長と営業顧問のヘッドハンティングも行われていた。ぼくはそちらにはタッチしていなかったが、学研広告部から推薦されてきた部長と顧問が広告部に内定し、立風書房の常務だった人が営業顧問として内定した。
採用試験では営業部員1名と広告部員1名、それに編集部員も1名入れた。
学研から出向で来ていた「おとこの遊び専科」編集長をはじめとする数名の社員は、このタイミングで学研に戻された。「等身大ヌードポスター」の発案者であった葛西編集長はこの後しばらくして交通事故で亡くなった。学研に戻ってからは、すっかり元気をなくしていたという。気の毒な話だ。
ぼくにとって最大のイベントは、会社の引っ越しを任されたことだ。広告部と営業部を抱えることになっては、長原のスーパー2階ではいかにも手狭である。そのために、馬場社長の悲願であった「山手線の内側への引っ越し」が実行されることとなったのだ。
候補物件は学研が借りている不動産の中から探さなければならない。いくつかの候補を見て回り、渋谷区広尾1丁目の長谷部第3ビルに決定した。広さは約50坪。家賃は上がるが、志気も上がる。ぼくは不動産屋からもらった部屋の図面をたくさん拡大コピーし、什器備品のレイアウトを始めた。
青人社最初の引っ越しは、喧噪の中に無事終了し、ぼくはすべての役目を終えて、肩の荷を下ろした。新しいオフィスは明治通りに面した日当たりのいい5階だ。それまでの商店街とはうってかわった、オフィスらしいオフィスである。でも、チンドン屋がくるたびに会議を中断した長原のオフィスが懐かしくもあった。
こうして新生・青人社は、独立した出版社としての第一歩を踏み出した。「2年で倒産」という不吉な予測は気分を重くしたが、「やってみなくちゃわからない」という半ばやけっぱちの決意で、ぼくらは未知の世界に足を踏み入れたのだ。
「神風」が吹いて、空前の好景気に全員が腰を抜かすのは、それから半年後の話だ。
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