普通の主婦の普通じゃなかった半生 4 (実話自伝)登校拒否〜身障者〜鬱病からダイバーへ

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3からの続き。



中学生、大好きだった母親代わりの祖母との別れ



写真 祖父母



登校拒否をなんとか克服できた私は、中学生になりました。

学校に行けるようになったとはいえ、相変わらず学校は嫌いでしたが。

それでも休みがちだったけれども引きこもることは無くなっていました。

友達も徐々ににでき、仲間はずれにされることも少なくなくなりました。

勉強は中の中、お利口さんではなかったし、スポーツも苦手で出来の良い生徒ではなかったけれど。


だけど、学校に行くことに馴染んだ矢先、中1の夏に祖父が亡くなり、後を追うようにして私の誕生日に、実質私の母親だった大好きな祖母があっけなく亡くなりました。

風邪をこじらせての肺炎、入院してたったの3日で、、、逝ってしまいました。

祖母は81歳になっていました。

後になって思うに高齢で、決して早い死ではなかったのだけれど、亡くなる寸前までいつも明るくて、年寄り扱いされるのが嫌いで、身綺麗にしていて、ちゃきちゃき家事をこなしてくれていた祖母。

疲れた様子やしんどそうな様子は一度も見せたことが無かった祖母。

中学生になったとはいえ、13歳の子供だった私は祖母はそのままずっとそばに居てくれるものだと思っていました。

突然の別れ。。。

学校の教室で祖母の死の知らせを受けた時、私はただただあっけにとられていました。

嘘だ。

信じられませんでした。

まだまだ子供だった私には受け入れることのできないことでした。

でも、それは変えることのできない事実でした。

祖母の亡骸に会った時、祖母の死を現実として突きつけられた時、

悲しいというより私は「無」の無限の中に放り込まれたような心細さを感じました。

私の唯一無二の味方、いつも冗談ばかり言って笑わせてくれた、自分のことなどおかまいなしに私を守り通してくれた祖母。


おばあちゃん、おばあちゃん。

もう、笑ってくれないの?

もう、話してくれないの?

もう、一緒に居てくれないの?

もう、もう、もう、、、


悔しくて仕方なかった。

おばあちゃんを連れて行ってしまった死というものを憎みました。


ありがとうの言葉も一度も言えないまま、孝行の一つもできないまま、祖母は逝ってしまいました。

祖母を亡くした痛みは何十年過ぎた今も胸にのこっています。

大事な大事な人を亡くしたやり場の無い痛みです。


それでも私はその時一度も人前では泣きませんでした。

なぜだか泣けない子供になっていたのです。

母の前ですら泣けませんでした。

私の中で母は家族であって、家族でない存在になっていました。

私は一人部屋にこもって声を殺して泣き続けるような、そんな子供でした。


私を守ってくれる人は誰も居なくなりました。

そこからまた、引きこもりと登校拒否がはじまりました。





引きこもりとひとりぼっちの生活のはじまり





祖母を亡くしてからはひとりぼっちの生活がはじまりました。

どんなに寂しくても、頼れる人は誰もいませんでした。

母は仕事に忙しく、まだ若かった母には恋人が居たので、私と一緒の時間を無理にでも作ろうとはしなかったからです。

経済的に自分と私の生活を守っていくのが母にとって精一杯だったのでしょう。

母も必死だったのだと思います。

帰って来ない日もありました。

祖母が亡くなってからの私はまったく学校に行かなくなりました。

誰とも口も聞かず、閉じこもる日々。

本だけが友達。

本の中の世界の偶像を自分の中に投影して現実から逃避していました。

それでも母が帰ってこない夜には、このままずっとずっと一人きりなのかな?

そんな不安でとても心細かったです。

そんな時には絵を描きました。

海の絵です。

幼い頃、一度だけ連れて行ってもらった海に私は憧れていました。

海に思いをはせていると寂しさから逃れられたのです。

青の世界を夢見て、青い絵の具で海の絵をたくさん描きました。


それがダイバーになりたいという夢の原点だったと思います。




5へ続く。





















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