おじいさんとの対話 9 粗の1   病菌の食べ物と血液中の毒素(まとめ編)

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たいていの共通的な遺伝性の毒素は主に成人前、幼少期に排除されるようになっている。

黴菌というものは、まったく人間体内を清浄にするための掃除夫なのだから、大いに歓迎すべきもの。 人間の浄化作用の協力と推進役。

しかし、民族や個人にも違いがあるように、なかには強烈な浄化で斃れる者もいる。

同時に浄化作用に逆らう治療法は極端に体力を消耗させるので斃れる人も居る。

よって、人間は過度に感染症を恐れるようになった。

感染を恐れるので、予防しようと研究したものが予防接種である。

しかし、借金(毒素)をいつまでも返さない(排毒しない)というやり方だから、いつかは破綻する。

それが現代。

各種伝染病予防と称して予防接種が行われ続けて来た結果、多種の悪性病をつくり出した。

予防や治療によってより強力な耐性菌まで産みだした。

ついに、どんな薬にも耐えられる超耐性菌が出現。

今後は自然に順応するか、自然に逆らうかの二者択一の時代に入った。

その結果が二十一世紀の前半には出てくるだろうから、医学の改革が始まる。

以上、

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自然はシンプル

おじいさん:まあ、いいじゃろう。あまり小難しく考える必要はない。

自然はシンプルが基本じゃ。細分化すればかえって分かりにくくなる事もあるからね。

himaari:ありがとうございます。 ところで問題なのは、一体濁血というものは、どうして出来るかという事ですが?

霊主体従の法則

おじいさん:何度も言うが、まずはありとあらゆる毒物。もちろん薬と言う薬毒もそれに当たる。しかし、物質的だけじゃない。これこそ万有相応の理によって、実に合理的に造られるのじゃな。ひとつは人間の想念や行いなどが血液を濁らすということだが。それは心や想念にマイナス的なものがあると、霊が曇ることになる。霊主体従の法則によって、それが体的は血液の濁りとなってしまう。

himaari:「霊主体従」ですか? なぜか霊と言うとオカルト的ですね。しかも「霊の曇り」ってのも意味が?

おじいさん:まあ、西洋文明を主とした世界は物質文明だからね。目に見えない世界は非科学的として否定してきたんだからね。

himaari:はい、「科学的」という言葉はよく使われますが、それは物質だけの科学というわけなんですね。だから「科学的」と言うのは唯物科学というわけか。

おじいさん:そうじゃ、見えない世界は当然ある。そのなかでも人間の想念や意識というものは物質ではない。それを霊の世界というのじゃ。その霊の世界が物質の世界に影響する。反映するから霊が主で物質が従という意味じゃな。

たとえば激しい怒りは血液毒を生じるというのは現代の生物学でも言われるようになったようだが、その他いろいろなネガティブな想念からも身体は影響を受けるという事は昔から知られいるじゃろう。つまり心が病むと身体も病むということじゃ。これは古くから宗教などによって教えられてきたことで、いま特に目新しい説ではないがな。

himaari:そうですね。いろんな宗教でも言われているようですし、最近では宗教でなく精神世界と言われている方でも心と身体の密接な関係を説いていますね。

おじいさん:人間の思念や思いが霊の曇りとなって、それが物としての人間の血液に反映(霊の物質化)されて一種の毒素となる。それが病気の根本原因となる濁血じゃ。しかし、もうひとつの原因がある。これは過去の聖人や宗教でも説かなかったし、知らされなかったことじゃ。

それが昔から病気を治そうとして使ってきた薬剤なのじゃよ。

himaari:なるほど、ほとんどの宗教が現代医療を採用していますね。心の問題はある程度説いていても、薬剤は必要不可欠だという医学賛美論ですね。大きな宗教は病院まで経営していますし、宗教でも精神世界でも薬剤については必要不可欠だとされてきましたね。近代になって化学薬品が主流になったわけですが、薬剤は古くからありましたよ。イエス様もお釈迦様も「薬が病気を造る」などと言わなかったと思いますけど。

薬剤が病気の原因となる

おじいさん:これは近代の西洋医学ばかりか古来の東西の医学が使用してきた自然界の薬剤も同様なのじゃ。これら薬剤というものはすべてが毒性物を利用しているという事は薬学を勉強した者なら誰でも知っている常識じゃろう。この薬剤こそ、誰もが気づかない病気の原因となっていたのじゃ。

himaari:これはもう驚きですね。精神世界で悟りを得たという方達でさえ、「病気には薬、病院に」と言っているほど、医学は信じられていますからね。「病気は薬で治す」「病気になったら、お医者さんへ」は常識になっていますからね。

おじいさん:「薬が病気を治す」という思い込みが人類に根強く染みついてしまったのには訳があるのじゃが、それも時期というものが関係している。だから時の聖人と言われる人さえもそれを知ることは難しかったのじゃろう。それに「未だ知ってはいけない」という意味もあった。

himaari:え!「知ってはいけない」ですか?

おじいさん:いまは詳しくは言わないが「時期」が関係している。時期としては、「薬は必要悪」として、そして有利な方法だったからじゃ。

himaari:「有利」というのは「効果がある」という事でしょうか?

おじいさん:もちろん、一時的だじゃがな。その期間があまりにも長かった。つまり「毒で毒を制する」方法が有利な期間が長かった。「固める」手段の方が「溶かす」より効果があったというわけじゃ。それが長く続いたために人間にはそれが真理のごとく染みついてしまったのじゃな。

himaari; そうだったのですか。そうとう長い期間は「必要悪」だったんですね。薬使った方が有利だったのですか。

おじいさん:根本的には病気を治しているのでは無く、体内を汚したままの状態が持続していたということじゃ。ときおりその浄化作用が起こるが、固める方法がよく効いたので誰も気がつかなかった。いや、気がつかされなかったわけじゃ。

himaari:でも最近では医学が病気を造るという「医原病」などという名前が登場してきましたし、少しは分かってきたのでしょうね。医学者やお医者さんも薬が病気を治すどころか病気を造るとまで言う人が現れるようになりましね。ほんの一部のひとですけど。

おじいさん:人類に長く染みついてしまった常識はそう簡単には替えられないじゃろうさ。しかし、自然界は変わってきたのじゃ。 すると、いままで効いてきた薬の効果が無くなってくる。それはすべての薬に当てはまる。

himaari:え、そうなんですか!すべてとなるとちょっと・・にわかには受け入れませんけどね。

おじいさん:「すべての薬は毒だ」という前提が必要じゃがね。薬剤として使われた毒物が体内に入ると血液の汚れとなり、この濁った血液が病原となるのじゃ。

himaari:  でも、必要悪として有利だったんでしょう?毒素の浄化作用が病気だとしてもですよ。固めるというんでしょう?「毒で毒を制する」ということは。

おじいさん:さきほど言ったように、時期が変わったのじゃ。今まででもやはり薬は毒なのは当然だったが、その効き目が違ってきたのじゃ。毒素の排泄が病気なら、それを一時的に抑えるのが薬毒じゃ。しかも浄化がなかなか起こりにくい期間があったので、薬は浄化停止としての効果が大きかったのじゃ。

himaari:一時的とは言ってもかなり長期間だったのですね。浄化停止は病気症状の停止となりますから、やっぱり楽になる効果は有難いですしね。

おじいさん:そうじゃ、いったんは楽になるが体内には毒素が溜まっている状態なのだ。やはりその分は体質劣化で、人間寿命まで影響してくる。薬と呼ぶから分かりにくいだろうが、毒と言えば理解できるじゃろう。

himaari:そうですね。毒が薬なら、薬が血液の濁りとなるわけか。もともと毒物が薬になるのだから血液中の毒素となるわけですね。そしてそれが細胞毒にもなるわけか。けど、そんな毒が薬として長期間有効だったのは不思議ですね。

おじいさん:これが一番分かりにくい、しかも説明しにくい話なんじゃ。一言で言えば、目に見えない世界のリズムがこの現象界に重要な影響力を持っているという話じゃ。 先ほどとの「霊主体従」の法則となる。この事については話が長くなるから別の機会にするとして。

himaari:そうですか、超重要な関係がありそうですね。「見えない世界=霊界」の変化が起こったという事が土台になっているとは。

おじいさん:まずは、病気の原因としては心身両面によるとして、このように二つの原因によって濁血が作られるのだが、濁血をもっている人間は自然の働きである「浄化作用」によって時折掃除される。その掃除(浄化作用)の際に伴う苦痛を病気と呼んだわけじゃ。

だがその掃除、すなわち毒素の排除作用には苦痛が伴うので誰もが嫌うのだが、その本質はとても有難いものだと言うことは何度も述べたね。

himaari:確かに病気は苦しい痛いなど様々な苦痛がありますよね。熱も出るし、下痢もするし、だるいし、嫌なことばかりですよ。中には死んでしまう人も居るし。

病気(浄化作用)が無くなると人類は滅びる

おじいさん:しかし、この浄化作用(病気)というものがなければ人類が存続してゆくなくなるじゃろう。しかも、この浄化作用(排毒作用)を手助けをしてくれる病原菌と呼ばれる微生物こそ、人間にとってはじつに恩恵となる。

himaari:私たちは病原菌に対して百八十度の発想の転換を迫られるているのですね。病原菌を忌み嫌うのではなく、感謝することになるわけですから。

おじいさん:これを理解できない内は人類はこれからも感染症の洗礼を受けることになるであろう。 なぜかというと、これらの微生物は自然界の浄化作用を受け持っている存在だからね。無くそうとするなら自然を無くすようなものじゃ。だから、存在していても何ら影響の無いような環境を自分の体内に作ること以外、防ぐ事は不可能じゃ。

himaari:細菌の海に入っても大丈夫なような体内環境を作るですか。それには普段から毒を入れない、ある毒は出す、という対応しか無いのですね。細菌を撲滅することは不可能だと。

おじいさん:病原菌として叩けば叩くほどその菌の働きは強くなるからじゃ。毒素、汚物を掃除するためにわいて出てくる相手をまた毒で対峙すれば、またその毒を掃除する菌が現れる。このイタチごっこは何時までも続かないだろう。なぜなら、毒を強めれば人間の方が先にやられるからじゃ。

himaari:どうりで抗生物質に対する薬剤耐性菌など出現するのは自然界の法則によって起こるのですね。

なぜ薬剤耐性菌が出現するのか

おじいさん:薬剤を掃除するのが役割なら、その薬剤を上回る菌がわくのは当たり前じゃろうが。孫悟空とお釈迦様の手のひらの関係のように、常に薬剤(毒)の上を行くように出来ているんじゃから。

himaari:それが超耐性菌なんですね。すべての薬の効果が無くなってしまったという。 すでに抗生物質は細菌に敗北したそうですから。

おじいさん:けっして孫悟空がお釈迦様の手のひらから外へ出られなかった寓話と同じ事が細菌(毒素掃除役)と薬剤(毒素の元)の関係だからね。

himaari:人類が感染症と病原菌(ウイルスも含め)との関係を正しく認識できたときに、ようやく細菌との闘いが終わるわけですね。

医学の進歩など痴人の夢

おじいさん:そうじゃ、最初から微生物と闘うということ自体が勘違いだったという事に気がつくわけじゃ。そもそも、人間は自分には非が無いという思いが強いから、他に非があるという意識をもって病気について考えた。他とは「外からやって来る」その存在が微生物という相手じゃ。それも役割を知らなかったのじゃが、昔は見えない存在だったからなおのこと怖れが強かったのじゃろう。そして、顕微鏡で発見されてから、これこそ病源だと思い込んだのも無理は無いじゃろうな。その考えがずっと今まで続いてきているのだが、これを現代医学の進歩というのだから、進歩などとは痴人の夢でしかない。

himaari: え! 痴人の夢ですか?  進歩じゃ無いって。

おじいさん:それでは無知と言えばよいかの。 もちろん進歩じゃ無い、むしろ退歩しているのじゃ。技術や道具の進歩を医学の進歩と勘違いしているだけじゃ。最初に勘違いしたものを進歩させてどうなる?

himaari:まあ、最後は破綻でしょうね、もしも間違っていればですが。土台というか、基本が勘違いしていたら進歩すればするほど歪みが大きくなるような。

おじいさん:まあ、わしは基本的な事を教えてきたわけだから、どう思おうと好きなようにすればよい。わしの話はどう解釈されようが、自由に取捨選択すればよい。これが人類の役に立つことなら、わしも喜びになるし、君たちにもよい結果をもたらすだろうがね。

まあ、よくよく研究してくれたまえ。

himaari:あ、もう対話は終わりですか。それじゃあ、僕なりに考えてみましたので再び書いてみます。

---まとめ2--

人類は病気というものを自ら作りだしてきた。

それは人間に備わっている浄化力というものがあるからだ。

その浄化装置にネタ(種)を与えれば、当然浄化装置は働く。

それがいろんな毒素を内から作ったり、外から入れたりしたからだ。

病気という浄化装置は永遠に備わっている。

だが、いつかほとんど働かなくても済む時代が来るだろう。

それは病気の原理と原因を知ればよいことだ。

知らないうちは右往左往して的外れな事をし続けるだろう。

失敗の積み重ねが人類を賢くもする。

その失敗も最後の段階に来ているようです。

そして究極には人間から病気は激減することになるでしょう。

それには人の心、言葉、行いをプラスの面に向けること。

できるだけマイナスな面をさけること。

できるだけ自然な食物を食べて適度に身体を動かして働くこと。

以上はどこでも誰でも言っていることです。

しかし今までは次の事が抜けていましたね。

薬は毒であるから、病気を治すのではなく病気を造る。

(苦痛を緩和するのと病気が根治するのとは異なる)

未来の医学は【本来毒である薬を使用しない】世界を作ること。

   

この事を加えることでこの地上に素晴らしい健康世界が出来上がるものと思います。

精神世界の賢者さんたちの中には

病気になったらお医者さんや病院に行けばよい。

それが現実世界での常識なんだから、ちゃんと肉体も大切にしなければいけない

と・・・

しかし、ロバート・メンデルソン博士の著書

「医者が患者をだますとき」を読み解けば、

本当の医学とは現代医学では無いと。医学は宗教だと。

べつに精神論じゃない、肉体論だけでもない。

薬と浄化作用のシンプルな関係を知って、心身両方の仕組みを知れば簡単なんですよ、きっと。

それは新人類の次世代に託しましょうか?

いや、今こそ三猿主義から我々人類は解放される時なのだ。

いま、耳有る者は聞け。

いま、口有る者は語れ。

いま、目有る者は見よ。

ということで・・・よろしいでございましょうか?

・・・・ナンジャクジャノウ・・・(遠くからおじいさんの声)

えええーーー!

おじいさんとの対話 10  

   結核の原因と原理

これまでおじいさんを訪ねて、感染症の元祖的な天然痘や、伝染病の病原菌とされる微生物(ウイルスや細菌)の役割、そして人体内で働く浄化作用の原理などを何度も繰り返し教えてもらいました。これだけ繰り返すとそろそろ濁脳も解けて洗脳に変わりそうですし、僕も病気の原理についてだいぶ詳しくなったと思います。

ここで、昔は代表的な死亡感染症と言われていた「結核」について少し掘り下げて聞きたいと思います。現代はガンが死因のトップになっていますが、昔は結核が死の病の代表みたいにされて恐れられていた時代がありました。おじいさんは、その時代のひとでしたので、肺結核を主にした多くの医学論を書いていました。

himaari:今は癌、昔は結核というように死の病の代名詞でしたね。でも現代医学の進歩によって「過去の難病」のひとつに加えられてしまいました。それで自然に消え去って行く病気のひとつかと思っていました。

おじいさん:君たちは病名によってまったく別の病気をしているかのように思い込んでいるが、根本は同じなんじゃよ。それが天然痘であろうが、肺結核であろうが、ガンであろうがね。

himaari:おじいさんの時代には今ほど癌は多くなく、結核が重度の病気の代表だったのですね。それでおじいさんの論文も結核の論が多かったわけですね。

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