その2つの選択肢とはこういったものだった。
A氏「いいか、よく聞けよ。まず、1つ目は俺の彼女をレ◯プしたとしておまえを警察に出頭させる。2つ目は、今首にあてている包丁をつかって自分で腹を切れ。どっちにするんだ?」
僕「そんなのめちゃくちゃです。」
A氏「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞ!!」
僕「・・・・・・・・・・」
A氏「おい!早く選べ。」
僕「・・・・・・・・・・・」
よく、テレビで突然襲われた人が恐怖で声が出ないというが、
僕はそういった方々の心境が身に沁みてよくわかる。
なぜならば、その時の状況がまさしくそんな状況だったからだ。
こういったことを経験していない人が「何で声をださなかったのか不思議。私だったらだしていた」
といったことを平気で言うが、出したくても出せないのである。
これは、経験した人にしかわからない。
黙り込む僕に向かってA氏はさらに捲し立てるようにこう続けた。
A氏「黙っているってことは、俺が選んでいいんだな。どっちなんだ?」
僕「・・・・い、いや、やめてください。」
A氏「は?聞こえないんだけど。」
僕「む、無理です、そんなのどっちも無理にきまってます。」
A氏「無理じゃなくて、2つから選んで。早く。」
ここまで、首に包丁をあてられ、選択肢を与えられてから5分くらいの出来事である。
あとになってわかったことですが、人間とは不思議なもんで、こういった記憶は一字一句覚えている。
そして、恐怖で言葉が発せられなかった次に「怒り」の感情が現れたのを今でもはっきり覚えている。
そう、僕はキレた。
首に包丁をあてられているのに、だ。
今覚えば、よくそんなことをしたなとゾッとする。
僕「そんなの無理に決まってるじゃないですか!冷静に考えてみて下さい!そんなの嘘だし、そもそもなんで僕がこんな状況になっているのかわけがわかりません!!」
A氏「キレてんの?おまえどういう状況かわかってるの?今すぐ電話して、レ◯プしたっていって警察つきだしてもいいんだぞ。」
僕「できるもんならやってみてください!!」
こういった言葉を使ったのか定かではないけれど、確かこんな言葉を使って僕はひたすら感情的になってキレていたのは覚えている。
そして、今思っても不思議なのだが、感情的になった後に少し冷静になっていた。
(こんな嘘、僕とA氏の間でしか成立しない。第三者がいないなら、例え警察につきだされたとしても大丈夫だよな。)
こんなことを感じていた。
人間、「大丈夫!」と思ったら強い。先ほどまでの感情に任せた発言とは違い、僕は冷静に発言できる自分がいることに気づいた。
そしてこう伝えた。
「その2つを選ぶのは絶対に無理です。レ◯プをしたなんて事実もないですし。嘘は絶対につけませんし、そもそも世間に通用しませんよ。絶対。」
精一杯の「正義」を示した。
補足すると、後ろから掴まれて包丁をあてられていたため、相手の表情は読み取れなかったのだが、僕のこの発言でA氏の掴む力が一瞬緩んだのを感じた。
しかし相手は大人、しかも包丁をあてられている状況で逃げることは無理だった。
そしてこの後、僕の予想をはるかに上回る出来事が起こる。
僕の冷静さは一気に、そして雪崩のように止めようもなく崩壊した。
僕の発言を聞いたA氏が、僕を掴んだまま無言で隣の部屋の扉前まで向かった。
A氏がその扉をあけると、そこには「みたことのない女性」が床に座っていたのである。


