--ピンポーン--
A氏の部屋のインターホンが鳴った。
さっきまで、僕に向かって怒っていた女が即座に黙る。
っと一瞬、部屋の中が静寂を包んだ。
(いまだ!!)
僕は、思い切って叫ぼうとした。
が、A氏が僕の口を塞ぐ。
声が出せない。
そして、
「今、出られないので後にして!」
とA氏が強い口調で扉の外に向かって話しをする。
「何時頃になりますかね?もう今日はあがっちゃうもんで。」
外にいるのは宅配便のおじさんだった。
口調からすぐにわかった。
時刻は21時。
21時で仕事が終わるという意味だったんだろう。
僕は、塞がれた口で必死にもがき、なんとか手を振りほどいた。
堰を切ったように、女が立ち上がり玄関に向かう。
「外に出るからちょっとまって」
女が歩きながら外にむかって声をかける。
A氏は僕をつかみ、女が最初にいた奥の部屋に誘導した。
(もう、だめだ)
そう思ったその時、
女が玄関の扉を開けるのが見えた。
同時に、
A氏が玄関での女と宅急便のおじさんとのやりとりを気にしている様子が横目で見えた。
(よし、いまだ!!!!!!!!!!!)
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「いってーーーーーな!!!!何すんだおまえ!!」
A氏が気をそらしている隙に、思いっきりA氏の腕を噛んだ。
予想通り、A氏の腕は緩み僕は解放された。
今になって振り返っても、僕には「このタイミング」しかなかった。
いや、後にもっとリスクの少ない場面があったのかもしれないが、
未来のことは予測できなかったし、そんな不確定なことはどうでもよかった。
とにかく「今」を生きる選択をした。
解放された僕は、ダッシュで空いている玄関に向かった。
必死に。
必死に。
ただただ、ダッシュした。
女と宅配便のおじさんの間をすり抜けるように外に出た。
塾のカバン、靴、自転車までも置きっぱなしにして。。。。
季節は冬。そして裸足。
一瞬で寒さが身体をまとわりつく。
そんなの関係ない。
無我夢中で走った。
たぶん1kmくらい走ったところで、ようやく疲れを感じた。
と、同時に唯一ポケットに持っていた携帯電話が鳴った。
A氏だ。
僕は電話に出なかった。
1度電話が切れ、ふと着信履歴やメールボックスに目をやると、
親からの電話やメールがものすごくあったのが確認できた。
無我夢中で走っていたので気が付かなかったのである。
たぶん心配してのことだろう。
しかし、当時の僕には「返信する」という選択肢がなかった。
今思えば本当にバカだが、中学生の自分の判断はそうだった。
その後、
1件、また1件と電話が鳴り止まない。
そう、A氏からだ。
すぐに着信履歴はA氏で埋まった。
留守電が入っている。
でも聞けない。とにかく恐怖と寒さで、身体が動かない。
突っ立っていた僕は裸足のまま近くの公園のベンチに座り、
凍える手で留守番電話サービスのボタンをプッシュした。
「もしもし、さっき噛まれてところから出血しちゃっているんだけどどうしよう?早く戻ってこないと知らないよ。」
寒さ以上に恐怖で鳥肌が経った。
やってしまった。。。。。
もうどうしよもないのか。。。。
僕の脳裏に「絶望」の2文字がよぎった。
僕は今でもたまに夢を見る。
真冬の夜の公園で裸足で一人うつむきながら、寒さ以上に恐怖に駆られた自分の姿を。
だから、あの瞬間は一生忘れることはできないんだろうと思う。
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今僕は幾つも仕事を掛け持ちしているが、全然忙しいとも大変とも辛いとも思わない。
もしかしたら、こういった衝撃的なそしてトラウマになる過去を必死で消そうとしているのかもしれない。
コンプレックスのある人間は「強い」と言われるが、本当に気持ちがわかる。
僕が大学時代に全国1位をとり続けたのも、今現在頑張れるのも、
潜在的な動機としては、こういったトラウマに対しての反骨心・反抗心なのかもしれない。
つくづく、そう思う。
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その後、僕はA氏の家に戻る決断をする。
「なぜ、実家に戻らなかったのか?」
この話をした時にそう聞かれることが多いが、確かに僕もそう思う。
当時の自分にそう言ってやりたい。
だが、中学3年生で反抗期の自分には「親にバレたら怒られる。恥ずかしい」という気持ちが強かった。
本当にバカだったと思うが、中学生なんてそんなもんなのかもしれない。
感情に流されて決断をしてしまっていた。
そして、僕はA氏の家に戻る決断をし、裸足でトボトボとA氏が待つ家に戻るのであった。


