偏差値が低すぎて全科目偏差値測定不能だった子を都内お嬢様中学に合格させた塾講師のたった1つの言葉。

2 / 3 ページ

今の私を知っている人は信じないかもしれないが、小学校当時の私はどちらかというと人見知りのシャイだったのだ。


「じゃあ次の問題も山ちゃんに答えてもらおう。」


え”っ。


普通は1人1つでしょ。

なんでそんな不公平なことを....と思いながらも答える。


「正解」

解説を付け加えながらも、大きな声でそう言ってくれた。

クラス中の視線が集まる。

もう私はゆでダコの様に真っ赤で蒸気を発していた。


「流石、天才山ちゃんだな。次の問題も解いてもらおう。」


天才。。。。。。???


何を言われているのか良くわからないが、それよりも....

問題3番。どうしても分からなくて空白だった。


「。。。。。分かりません」


天才と言われた直後の「分かりません。」

恥ずかしかった。

クラス中ががっかりするのを肌で感じた。

やはり私は馬鹿なのだ。

そう思った。

真っ赤だった顔はみるみる熱を失い、真っ青になった。


そう、私は馬鹿なのに、プライドだけは高かったのである。

みんなの前で恥をかいたこの状況に我慢できず、胃がキューと縮こまるのを感じた。


退出したい。だから塾なぞ嫌なのだ。学校なら私はそこそこできる方なのに。(私の小学校はどんなに良く見積もっても、所謂世間一般がいう頭の良い子は1人か2人しかいないようなところだった。)


そう思っていた時だった。

「りさこでも解けなかったか。」

「確かにこの問題は一番上のクラスでも解けた人は2、3人しかいなかった。」


「難しいな。この問題ではこのOO行目に注目してみるんだ。」

そう解説を始めた。


そして解説が終わると、

「山ちゃんありがとう。天才でも間違うことはある。分からないこともある。でも諦めないで頑張って考えるから偉いんだ。はい、3問も答えた山ちゃんに拍手!」


ビックリした。

解けなかったのに、なんだか褒められている。

拍手してもらってる。

なんだかよく分からないけど嬉しかった。


授業が終わって帰る時、階段で森先生とすれ違った。

「今日はよく頑張ったな。上のクラスで待っているぞ、天才山ちゃん!」

その日から私は天才になった。


◆天才、次第に成績を伸ばす◆


それまで友達もいなかった新しい環境で新しいキャラを手に入れた私。わるのは簡単だった。


まず、天才なので勉強を始めた。

森先生が仰った通り、アインシュタイン、ピカソ、エジソンをはじめとし、世の天才は努力家でもある。従って、私も努力するべきなのである。


次に、友達ができた

あの日から「天才山ちゃん」の認知度は驚く程あがり、友達ができた。

また、「りさ天才〜♪」というのが口癖のくせにまるでお馬鹿な「変な面白い奴」となっていく。小学生の中で「変な面白い奴」はアイドルである。森先生のお陰で私は人気者になった。

ちなみにこの「天才」。

どう見ても自分より下の奴、つまり頭の悪い子が言ってる分には嫌みにならないのである。

つまりこれは私にぴったりであった。


そしてこの新しくできた友達と勉強をはじめた。

勉強が楽しくなっただけでなく、1mmも伸びていない棒グラフを不憫に思った友達たちは競って私を助けてくれた。県の名前や列島の名前を覚える為の歌が入ったCDとそれが聞けるようにCDプレイヤーを貸してくれたり、県の形を覚える為に日本地図パズルを貸してくれたり、なんだか色々貸して貰った。

彼らとあまりにかけ離れてお馬鹿だった私。

自分より極端に下の人は助けたくなってしまう。これが人間の性なのだろうか。


また、私の発言回数が爆発的に増えた

少しずつ答えが出せるようになってきたこともあるが、天才なのでとりあえず発言。

間違っても大丈夫である。天才は失敗を恐れないのである。しかも間違えれば、「お前馬鹿だなー!笑」と友達からの突っ込みも得られる。「りさ天才♪」といいながら天才ではないというボケキャラが定着し人気を集めていた私にとって、授業中に発言する事は一種のコミニュケーション手段でもあった。

勿論正解すれば先生方が「流石天才!笑」という風におだててくれるので、発言するに越したことはない。


最後に、粘り強くなった

それまでは、「どうせ馬鹿な私には解けない」と一瞬で諦めていた私

しかし天才になったからにはそんなに簡単に諦められない。

天才なんだから解けるはず。」

と、ぎりぎりまで解答も見ず、自力で解こうと努力した。


そんなこんなで私の勉強時間は一気に増えた。

そう、子供は時に大人が驚く程単純なのだ


天才」という言葉は、それまで孤独だった私に塾での居場所を与え、ネガティブで「頑張ること」を放棄していた私に、無理のない形で「頑張ること」を強要した。

そして塾に行くのが楽しくなってから数ヶ月。模試の結果表の棒グラフが頭を出し始め、席もどんどん前に移動。

先生も友達も凄いじゃん!と褒めてくれ、私は有頂天だった。(実際は10点が30点、40点、50点になっただけなのですが。笑)



天才のその後◆


9から10に伸ばすのは難しくても0から7に伸ばすのは簡単である。

私の成績はみるみる伸び、それが楽しくて、どんどん勉強する。

【勉強が楽しい→答えが分かるようになって楽しい→褒めてくれるから嬉しい→もっと勉強する】

正のサイクルの完成である。

自習室で勉強するだけで「天才は今日も勉強頑張ってるな!」と褒められるようになったあの日から1年。6年の最後には上から2番目のクラスの最前列が私の定席になっていた。


また性格も変わった。

私は面白い変人キャラとして人気者になったことにより、それまでの根暗ネガティブキャラを捨てる事になったのだ。もう「どうせ自分は馬鹿だから...」と卑屈になることもなかった。


小学校でもその変化は現れた。

どちらかというと嫌われ者として過ごしていた私が、塾での幸せオーラのお陰だろうか。だんだん周りの対応が変わっていったのを覚えている。私の周りには常に友達がいるようになり、小学校最後の1年間は、中学受験しないで地元の中学に行きたいと思う程、楽しく充実したものだった。


「人生楽しい」


本気でそう思った。


◆飛べないカエルが空まで跳んだ◆

そんなこんなで楽しく受験生活を終え、無事第一志望の都内お嬢様学校に合格した。


森先生のお陰で、究極のポジティブ人間にもなれた。

私は今だに自分をある意味「天才」だと信じている。


あの時、なぜ森先生が私を指名し、天才と呼んだのか。

きっと私があまりにダメすぎて先生内で有名だったのだろう。

カタリエ3に投稿されたストーリーがついに書籍化!
(表紙画像からamazonに飛べます)

Katarie3 book

著者のYamada Risakoさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。