【1話】日本の広告代理店営業出身の私がどうやってY Combinatorのハッカソンで受賞をし、シリコンバレーでiOS Developerとしてゲームを作ったか

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後編: 【2話】日本の広告代理店営業出身の私がどうやってY Combinatorのハッカソンで受賞をし、シリコンバレーでiOS Developerとしてゲームを作ったか

皆さま、はじめまして。

このStoryは、日本で生まれ日本で育った私が、

アメリカのシリコンバレーという地域で人生が大きく変わった2つの出来事について、

少しずつ書いています。


内容がインターネットテクノロジーに偏っているため、

多少のマニアックな表現や用語が出てきてしまいます。


また少し長くなりますが、興味の有る方は

是非最後までお付き合い頂けますと嬉しいです。


ストーリーは大まかに分けて、2つのことについて書いています。

・「Y Combinator」というシリコンバレーでは数多くのスタートアップにシード資金を提供しているアメリカTOPのベンチャーキャピタルが初めて主催したハッカソンで入賞をしたこと

・シリコンバレーで流行中のプログラミングブートキャンプに参加し、iOS Developerになったこと


英語ではMedium(https://medium.com/)というブログ媒体で、

日本語ではこちらのstorys.jpの媒体が非常に書きやすいので、こちらで書いていきたいと思います。



私はもともと東京の大手広告代理店の子会社で、営業担当として入社しました。

国内大手代理店の担当や、自社広告の専属営業、更にある1つのサービスの立ち上げと運営を経験をさせて頂き、普通の企業では絶対に経験出来ないとても貴重な経験をさせて頂きました。


私は経済学部出身だったのでまるでプログラミングの経験がなく、

習う機会すらありませんでしたが、

自社の広告媒体を売りながらも将来は作る側として活躍したいという強い思いがあり、

2014年の4月、独学をしながら、また前職の先輩や同僚、知人に教えてもらいながら、

カナダにある小さな街でWEBデザイナーの見習いとして働き始めました。


私が日常的に使ってきたモノやサービスのほとんどはWEBに移行し、

更に世界中でモバイル保有者が増えたことで、

モバイル版アプリを持たないサービスはあり得ないといっても過言ではないほどに、

その重要度が高まってきていることを、私はひしひし感じ始めていました。


私はプログラミング経験は全くありませんでしたが、

iPhoneのUIデザインやUXについての本を買いあさっって勉強をしながら、

「いつかiOSのプロダクトを作れたらいいなぁ。」なんてことを漠然と考えていました。


そんなある日のランチ時に、Facebookメッセージにある一つのメッセージが届いていました。


「今年の夏は何する予定なの?」


そのメッセージは、私が学生時代からずーっと憧れてしつこく連絡を取っていたエンジニアの知人からのものでした。

彼は大学を卒業後、アメリカのFacebook、Appleでのインターンを経験し、

みんなの読んで良かった!