10ヶ所転移の大腸癌から6年半経っても元気でいるワケ(8)

前編: 10ヶ所転移の大腸癌から6年半経っても元気でいるワケ(7)
後編: 10ヶ所転移の大腸癌から6年半経っても元気でいるワケ(9)

病院での検査は着々と進行していった。検査が辛いものである事は承知していたが、更に信じ難いアクシデントもあった。それは大腸内視鏡検査の時だった。他で検査を受けていても改めてここで検査をやるのが基本ということで、1ヶ月の間に2回も内視鏡検査を受けることになってしまった。

 

がんセンターといえば国内でも有数の腕利き医師がそろっていると思っていた。しかし、現状はガン医療を学びに来ている研修医がかなりな数を占めていた。研修医といっても国家試験を通ったばかりの前期研修医でなく、現場経験2年以上の「後期研修医」。いわゆるレジデントと呼ばれる医師たちである。それでも表向きはがんセンターの医師である。さらに経験5年以上の修練医も在籍していた。

 

「修練医」ならば他の病院で既に中堅ドクターとして活躍している方々なので心配はなかった。しかし、私の内視鏡検査を受け持ったのは明らかにレジデントであった。ガンを発見してくれた検診センターの医師はベテランゆえに苦痛もなかった。特に内視鏡は経験がものを言う難しい検査と聞いていたから不安になった。

 

その不安は的中した。女性の場合、穴は2つあるわけだが、明らかに前の穴に内視鏡を突っ込まれてしまったのである。しかも突っ込んだまま一瞬席をはずしてしまった。私は検査前に取りあえず内視鏡を置いただけなのか?それがたまたま前の穴に入ってしまったのか?何も言えないまま医師が戻るのを待った。

 

すぐに戻ると、画面を確認して「間違えました。」と言って内視鏡を入れ直した。マジで穴を間違えていたのだ。確かにその医師は相撲取りも真っ青な超肥満体型で女性に縁はなさそうだった。とは言え医師たるもの内視鏡を差し込む穴を間違えるなどありえない。本当に大丈夫だろうか?なんとも不安な気持ちで検査を受けた。私は良く「ありえない経験」をするのだが、がんセンターに来てまでこんな経験をするとは!とにかく無事検査が終了してほっとした。

 

注腸検査も大変だった。これは文字通り「バリウムを腸に注入」するもので、そのバリウムが詰まった腸をレントゲン撮影して患部の位置を確定するものである。これは苦しかった。幸か不幸か担当医(もしかするとレントゲン技師)はジャニーズの滝沢くん似のイケメンで、なんとも複雑な気持ちになった。恥ずかしい検査ではイケメンでない方が精神的には楽である。注入だけでも苦しいのにレントゲン台の上でゴロゴロ転がされて辛かった。

 

もっと辛いのはその後だった。猛烈な便意を催し、検査室横のトイレに駆け込んだ。自分でも恥ずかしくなる大音響で肛門からバリウムが排出された。トイレから出ると廊下に座っていた主人が笑いをこらえきれずにいた。大音響が廊下にまでとどろいていたと聞いて思わず笑ってしまった。笑い出すと止まらない私。恥ずかしいことなのに他人事のように笑いが加速していった。がんセンターの廊下で大爆笑している人なんていないから、なんとも不謹慎に見えたかもしれないが、とにかく出るものが出てすっきりした。大笑いしながら、これほど明るくいられれば病気も退散してくれるだろうと確信した。


延々と続く検査であったが、息子の「志望校合格」と言うこの上ない朗報に検査の辛さも吹き飛んだ。どちらにしても入学式の後に入院とお願いしてあったので、検査結果はどうあれ晴れの入学式に列席できる。そのことがどれほど励みになったであろう。

 

そして・・・・運命の3月19日。ようやく最終結果を聞く日となった。午前中に胃の内視鏡検査があり、午後から面談と言うことになっていた。主人もそれまでの検査には何回か同行してくれたが、医師との面談はこの日が初めて。ジャケットを着込んでネクタイを締めている夫の表情には緊張と一種の覚悟が漂っていた。

 

午後の面談の前に病院内の食堂で昼食を済ませるっことにした。胃の内視鏡検査のために朝から何も食べてない割には緊張からか食欲はなかった。早々に昼食を食べ終えた私は自宅から持参したハガキにお願い事を書いていた。結果が出る前に外来受付を通して医師に渡してもらおうと焦って書いていたのだ。「なに書いてるの?」夫に聞かれても「ちょっとね・・・。」と言ってごまかした。

 

実は「余命告知拒否」の手紙を書いていたのである。どんな結果かは分からないが、言われる前に早めに手を打たなければと考えた。自宅で書けば良かったのだが、結局何も書いてないハガキをハンドバッグに忍ばせてきた。外来待合室に降りて行った私は、受付係に受診票とともに先ほどのハガキを手渡した。程なく呼ばれた。いよいよ審判が下る。緊張が走った。それでも主人が付き添ってくれていることは何より心強かった。


医師は開口一番「婦人科にかかっていますか?」と思いがけないことを口にした。「いいえ・・・」狐につままれた感じでそう答えると「巨大な子宮筋腫がありますよ!」と言われた。「えっ?」主人と2人思わず笑ってしまった。大腸がんの検査結果を聞きに行ったのに、巨大な子宮筋腫とは思いもよらない言葉だった。しかも直径20センチを超えていると言う。それに気付かなかったと言うことは如何に太っていたかと言う証拠でもある。それで緊張は一気にほぐれた。胆石もあるようだと言われた。しかし、大腸がんが転移しやすいと言われる肝臓や肺には問題ないようだ。「リンパは腫れているところはあるけれど・・」ということで、転移はないと思い込んでしまった。

 

詳しい説明は入院後ということで、最後に「おハガキ拝見しました。でも入院したら僕が受け持つとも限らないので・・・」という曖昧な返答だった。私がどんな気持ちでハガキを書いたか?少なくとも「僕が受け持つか分からないけれど担当医が決まったら伝えます」と言って欲しかった。私は酷く落胆した。しかし、そこまで期待する方がいけないのだろうか?入院中の担当医が決まったら改めて書くしかない。相手に求めすぎれば落胆しかないのだ。とにかく転移がなくて良かった。そう思い込み、明るい気持ちで病院を後にした。まさかの結果が待っていようとは思いもせず・・・・。


 


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10ヶ所転移の大腸癌から6年半経っても元気でいるワケ(9)

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