~リストラの舞台裏~ 「私はこれで、部下を辞めさせました」 9

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彼の目には、日増しに殺意が宿っていった(1)|潰れかけの小太りを再生させた罪。



「自己都合のリストラ」という、なんとも理解し難い仕事を言いつけられて1週間あまり。今回は最も印象深い処刑の話をしたい。


気は弱くて力持ちでもない関取くん

わたしの心に一連の出来事を、強烈に焼き付けたのは彼との出会いと別れがあったからだと思う。彼は昨年(リーマン・ショックが起きた年)の夏に、わたしのグループへと異動してきた。見た目は、控えめに言っても、学生時代にアメフトか柔道を経験していたような体型。

ストレートに言うと、「相撲部に所属していたね?ここは相撲部屋ではなく、会社なんだけど……」と発言してしまうような、ふくよかな男の子だった。それでいて、内面はとてもシャイでナイーブな、乙女チック街道をすり足で歩いている人間。新卒で入社した同期の誰よりも、心が弱かった。


彼が異動してきたのには理由があり、いわゆる「うつ病」を発症していたフシがあるからだ。入社して2年半、とても厳しい上司の下で育った。鉄拳制裁こそなかったものの、小さなミスでも罵詈雑言を浴びせられるような環境。日に日に萎縮して、体型とは似つかわしくないか細い声で喋っていた。

異動数ヶ月前からは、声は震え、目は泳ぎ焦点の定まらない様子。産業医を訪ねれば、一発で「うつ病」の診断書を手にすることができただろう。しかし彼は、気の毒な程に真面目だった。能力不足を認識し、できない自分を責め続ける。それでも必死に、与えられた仕事をこなそうとしていた。


野村再生工場、今日も稼働中。


ある日、彼の上司が遂に匙を投げた。正しくは、匙を投げていたことを公言したのだ。「自分の下にいても不幸なので、誰か引き取って欲しい」と、部門の首脳陣が集まる会議で異動を打診した。もちろん、いつ爆発するかわからない時限装置を受け取る人などいない。

わたしとて、自ら率先して引き受けることはしなかった。しかし、過去に心の折れかけた若者を立ち直らせた実績から、白羽の矢が立つことに。当時はリストラの話などなかったため、仲間たちは他人ごととして、影で私のグループを「野村再生工場」と呼んだ。わたしは「野村」性ではないのだが。

彼を引き受けてからのわたしは、図らずも「野村再生工場」をきちんと稼働させてしまうことになる。毎朝、5分間のミーティングで一日の小さな目標を立てる。夕方にはその倍の時間を取り、目標の進捗を確認し、達成していれば大げさに褒めた。届かなそうであっても、目標に対する小さなマイルストーンを明確にして、それを踏むことができれば合格とする。とにかく、成功体験を踏ませ続けた。


関取くん、シコを踏む!

潰れかけていたデブ……関取くんに、復調の兆しが見え始めた。どんな簡単に思える仕事を任せても、必ずミスをしていた彼。しかし、小さなミスの数が減り、遂には一週間を何の問題も起こさずに過ごすことができた。「チャンスか?」と思ったわたしは、週末のミーティングでひとつの提案をした。

わたし
関取くん。今週はすっげー頑張ったな。

そこで提案なんだけど、今月もあと2週間で終わる。この間に、今週と同じようにミス0を続けてみようか。

特別なことをする必要はないよ。今週と同じように、目標を立てて、着実に達成していけばいい。

今月、ミス0ができたら、お祝いに飲みにいこう。ちゃんこ鍋でも食おう。
関取くん
ほ、ほんとうですか?

嬉しいっす!やってみます。できる気がします。失敗したらごめんなさい。でも、がんばります。

異動してから初めて見るような、力のこもった目。わたしは、関取くんがやり遂げると思ったし、「めちゃくちゃ食いそうだから、割り勘で飲みたいな……」と心底考えていた。

そして2週間が経過し、関取くんは見事にやり遂げた。人類はおろか、一緒に働いている仲間からしたら貧乏ゆすりにも満たない動きだったけど、関取くんにとっては大きな一歩を踏みしめた瞬間だった。


約束通り、ちゃんこ鍋を食べに行った。予想に反して、彼は小食だったことに驚く。どうしてそんなに大きくなったんだろう?聞いてみるのも面倒で、当たり障りのない会話で祝勝会を終えた。

このとき、わたしも関取くんも、リストラが行なわれることなど微塵も予想していなかったわけだが。

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