10ヶ所転移の大腸癌から6年半経っても元気でいるワケ(13)

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入院即「絶食」ということで、私は3度のお食事タイム前には病室を抜け出すことになった。いくらブトウ糖の点滴をやっていて空腹感はないとは言え、食事の良い香りには耐えられなかったからだ。

それは入院から3日目の朝。その日も朝7時には病室を抜け出して病棟ロビーにやってきた。電動の点滴台をコンセントを差し込んでいる時に突然、後ろから声をかけられた。

「〇〇さん!」うしろ姿で声をかけると言うことは余程の知り合いである。

振り向くとなんと息子の中学校の校長先生!

「なんでここにいるの?!」

校長先生は今にも卒倒しそうなほど目を真ん丸くして私を指差していた。日曜の朝7時、校長先生はパジャマにちゃんちゃんこ姿・・・ということは間違いなく入院患者!失礼ながら私も校長先生を指差したまま、絶句。ここで「校長先生卒業式欠席」の謎が解けた。

校長と一父兄となると、殆ど関わりがないのが普通である。しかし、息子は生徒会役員で毎週校長先生にお世話になっていた上に、父兄対象の「子育てセミナー」に私が参加していて、しばしば顔を合わせていたため認識されていたのだ。


「校長先生こそ、どうされたんですか?」

「いや胃がんで手術することになったんだよ。」

「私は大腸がんですけど、おととい入院したばかりなんです。」


まさかこんな会話をすることになろうとは!しかし、内心嬉しくもあった。入院生活は何かと心細いが、知り合いがいるとなれば勇気100倍。地元の病院なら知り合いがいてもおかしくないが、県外なのだから尚のことだ。しかも、ざっくばらんな先生なので、こちらも緊張することなく話が弾んでしまった。

校長先生が卒業式を欠席という珍事に、父兄の間ではいろんな噂が飛び交った。「まさか同じ病院だったりして~(笑)」病気を打ち明けているママ友とそんな話をしていたのだが、あくまでも冗談。まさかそれが現実になろうとは!

ありえないことが常に起こる私。アンビリーバボーなことには慣れている私もビックリな出来事だった。会って楽しい場所ではないが、この出会いで更に頑張れる気がした。


入院初日案内された病室は6人部屋であった。しかし実際のところ手前に空きスペースがありベッドは5台。それまでも眼科や産科に合計すれば6ヶ月は入院したことがあったので、入院そのものに対する不安はなかった。

唯一つ決めていたことがあった。「入院患者と余り親しくしないこと」なぜか?・・・娘を妊娠時、前置胎盤で長期入院した際、同室にSさんという60代の女性がいた。顔色も良く全くお元気そうであったが、卵巣がんを患っていた。私が無事出産を終え、半年くらい経って突然訃報が届いた。同室の方が亡くなるという経験は初めてだったので大変なショックを受けた。と言うこともあり、ガン病棟で患者と親しくすることにはかなり抵抗があったのだ。


お隣のベッドには同じく大腸がんのNさんがいた。70代はじめ、笑顔の素敵な上品な感じの方であった。手術を嫌がっており、度々若い担当医が顔を出しては説得に当たっていた。向かいのベッドは手術を終えたばかりの同年代の方で真っ青な顔をされていて驚いた。あとのお2人は外泊されてしまい親しく会話する機会はなかった。

がんセンターだから当然なのだが、全員ががん患者というのも凄い話である。いわゆる総合病院に入院していた方の話ではガン患者は他の方から多少距離を置かれてしまう傾向があるようで(要するに言葉の掛け様に困るから)その点がんセンターは気を遣わずに済むから良いという声があった。


点滴台と共にウロウロすることには慣れていたから、院内見学も兼ねてうろつきまくっていたが、なぜか男性患者が多く、しかも年齢も結構上の方ばかり。52歳の私でも若手の部類であった。人生にはモテ期が3回あるというが、私はがんセンターで思いがけなくモテ期を経験してしまった。もちろん見た目ではない。「手術が楽しみ」という発言に弱気な男性の皆様から尊敬の念を抱かれてしまったのである。たまたまロビーで一緒になったTさんは同じく大腸がんであったが、肝再発で入院中。お話の上手な方でロビーの人気者だったため、私の「手術が楽しみ発言」はあっという間に広まってしまった。実際、主治医の素晴らしい術前説明を受けてから私は恐怖心もなく心から手術が楽しみな状態になっていたのだ。

正直なところ中年男性に関しては「男性恐怖症的」なところがあったが、おじいちゃん子だったせいか年配の男性には親しみが持てた。ロビーばかりでなく、1階の丸テーブルコーナーにもよく足を運んだ。4人掛けにいつも女性は私1人。年配者相手なら話も弾んだ。

人間とは単純なもので、手術を怖がってないことに対し「偉いね~!」「凄いね~!」と言われて悪い気はしないし、ましてや男性諸氏からのお言葉となれば逆に勇気付けられる思いであった。更に手術が楽しみになったし、もう治ったも同然と言う気がしてきた。入院患者とは親しくしないはずだったのに・・・当初の誓いはどこかに行ってしまっていた。


入院は4月11日の金曜日。手術は翌水曜日と言うことで、土日は見舞いラッシュとなった。初日、本人よりも早くにH子が見舞いに来てくれたのを皮切りに友人、知人、親戚とひっきりなしと言う感じ。午前中は院内をうろついて面会時間の1時には一応部屋に戻っても、また上層階のカフェに行くという感じで殆ど部屋にいなかった。一応検温の時間にはいるようにしたが、ベッドが温まることはなかった。時には見舞い客が重なり娘に相手をしてもらって、はい次の方・・・と言う感じで話をすることもあった。病院は結構不便な場所だったし、場所が「がんセンター」となれば気が重いのは確か。それでも励まそうと来てくれたのだから本当にありがたかったし、実際凄いパワーを戴いた。


妹も殆ど毎日顔を出してくれた。タイミング悪く、4月から午前中アルバイトを始めてしまったのだが、バイト先が自宅より病院寄りだったので、帰りに寄ってくれた。ただでさえも慣れないアルバイトで疲れているのに申し訳なかったが、やはり身内が来てくれるのは心強い。遠距離通勤の主人はそうそう来れないし、子供たちも新学期が始まったばかりだったので尚のことありがたかった。


とにかく元気になってみんなにご恩返しするしかない。玄関まで見舞い客を送る度にそう強く感じていた。



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