「やるかやらないか。僕はやらない人間だった」 きっかけを得た後、本当に行動するために必要なこと。

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高校を卒業してとび職をしていた19歳の時、少しお金が貯まりそれを何に使うか考えていた。十代の頃はひたすらモテる事ばかり考えていてその為に金を使っていた。周りの先輩には職人になって、金貯めて、カッコいい外車を買って男女両方からモテている人もいた。その姿を見て自分もCoolなアメ車を乗り回したいと思っていた。港北にある中古車店の前をたまたま通りがかった時にピカピカに光るアルミホイールを履いた黒の中古SUV(Sports Utility Vehicle/スポーツ用多目的車)が250万円で置いてあり「これ買ったら確実にモテるな」そう思った。


          


それと、同時期に父親の表彰式があり「親父の背中」に影響を受け、父親のようなビジネスマンになりたいと思い専門学校に行くという選択肢も現れた。


たぶん普通の人ならやる気のスイッチが入れば迷うことなく行動できるのかもしれないが、自分は本気で貯めた金を車を買う頭金にするか学費の足しにするかを悩んでいた。


「今モテるか」「将来モテるか」当時の自分の頭のなかにはこの2つがあり6割くらい今モテたいと思っていて車を選びかけていた。自分は目先の欲望を追いかける人間だった。



子供の頃

その性格は子供の頃から続で、親や先生が勉強しろといってもやる気にならないし、気が向いてやっても本気で勉強に取り組むことはなかった。


まぁーあたり前だ。勉強するには必ず時間と労力を投資する必要があるからだ。

• 好きなことをやる時間を失う

• エネルギーがかかる

この2つの苦痛を受け入れてでも勉強するにはそれなりの動機が必要だった。子供の頃はそれがなく勉強の必要性すら感じていなかった。しまいには勉強しないことを正当化するために「オレは楽しむために生まれてきたのだ!」なんて言っていた。



現在に生きる

学校では優秀な人達が将来の生活を良くするために努力し時間を投資する。でも、自分は現在に生きていたので、努力している人が勉強にあてている時間をふんだんに使って遊んでいた。高校生になってからは稼いだ金をほしいものを買うために使い、そのものを利用して友人と遊び、自分の存在感を出す。女だけでなく男からもモテるために行動していたら、高校を卒業してすぐ、とび職になっていた。その時には遊びが新鮮なものでなく飽き始めていた。楽しむために生まれてきたはずなのに楽しいことに飽きてしまっていた。


新しい目標

そんな時期に父親にインスパイアされ、カッコいいビジネスマンになるという新しい目標ができた。それから車を買うか学校に行くか数ヶ月考えた。しだいに現在に生きて目先の欲望をどんどん満たしている生活が「なんかつまらないなぁ〜」と思う感覚がつのり、それを変えるために学校に行くことを決心できた。


幸運

今振り返ると自分は運がよかったと思う。普段の自分は何かにインスパイアされて目標ができても、目先の欲望が強くて現在に生きる道を選んでいた。たまたまこの時期、その生き方に飽きを感じていたので次の道に踏み出す決意ができた。


その後、色々あって現在はアメリカの大学に留学している。大学でマズローの欲求5段階説を知った後に自分は着実に5段階の欲求を満たそうと行動していたことに気づいた。1, 生理的欲求、2, 安全の欲求、3, 社会/愛の欲求、4, 承認の欲求、5, 自己実現の欲求。この順番を一つでも飛ばすと自己実現欲求には辿り着かず、自分を見つけることができなかったと思う。


一度勉強を始めると今までできなかった「将来に生きる」ことができるようになった。ジョン・デューイの「経験と教育」によれば、教育は未来の準備であって知性の自由を得るために初期の欲望を延期させる能力を体得することが必要だという。だから親や先生は目の前のやりたいことをさせないで勉強せよと問いかけていたのだと気づいた。


            



将来に生きる

子供の頃、周りの大人が勉強しろといってきたがそれを理解することはできなかった。まして勉強はエネルギーが必要で、好きな事をする時間を諦める必要があるので苦痛でしかなかった。勉強するには目標が必要だった。


幸い僕は好きな事をして、目先の欲求を満たしきることで目標を見つけることができた。目標があればその達成のために欲望を我慢できて延期させることができるようになった。


僕は今、28歳でとても恵まれた環境で勉強できている。欲望を延期させ、学生生活のほとんどの時間を勉強にあてることができるようになった。こうなるためには一般的にはよくないといわれる目先の欲求を徹底的に追い求めることが自分にとっては重要だった。


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