「フラッシュバックへの対応」

前話: 「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話⑩書き終わって


           

前振り

「置口空助の発達障害克服論」の補完になるストーリーです。


発達障害当事者の私が、生きていく上で枷になっている弱点を克服するストーリーです。子供の頃から平成26年6月17日までのことを書いています。フラッシュバックを完全に排除したのが6月30日のことでした。間に合わなかったね(笑)。という訳で今の発表になっています。


正直、これだけ読んでも意味がわからないと思います。「置口空助の発達障害克服論」を読んで下さいといいたいですが、やたら長いので無理しなくていいです(笑)。




「kさん」①


           


悪徳裁判官を退治して、解離性障害、過食、睡眠障害、フラッシュバックの大部分を克服したのですが、それでも残ったのがフラッシュバック「kさん」でした。


対悪徳裁判官で一番重要なことは、「見抜く」ことなのですが、どうも正確ではなかったのでした。なのでKさんがやって来る。


圧倒的な瘴気を撒き散らしながらね。非常に視覚的ですよ。フラッシュバック暦の長い私でもこれがナンバー1ですね。私なりに構築したブロックを乗り越えてやってくる。ブロックのかけ方が間違っている。


繰り返しますが、私は特にひどいことをしていないし、やられたほうですよ。それでも自分の中では処理がついている訳です。本当に意味が判らない。まだ「見抜く」ことが出来ていない訳です。だから殆ど生霊状態でKさんがやってくる。




「kさん」②

    


6月30日のことでした。いつものようにKさんが出てきたのですが、


なにか違和感を感じ、よく見ると一人ではなかった。kさんの後ろに誰かがいる。絡みにつくように巻きついている誰かがいる。T主任でした。例によって気持ち悪い顔をしてこちらを伺うように見ている彼女がいたのでした。どう相手を傷付けるか、どう貶めるか考えている様子で幾分悦びを含んだ顔をしている。


私のみるところ主体はKさんではなく、操られているのでした。後ろで操って毒を流し込んでいるT主任がいた。あーそういうことなのだ。と理解をしたのでした。


そこで自分の感情がよみがえってきました。

私は傷ついていた。


私を貶めるためにあらゆることをしていました。ネガティブキャンペーンをしていましたが、それに影響をされて私のことを悪くいう人間が出てきた。一番影響を受けたのがKさんでした。自分になら耐えられるのですが、他人への攻撃は辛いね。正直Kさんとはそれほど関係性は深くはないのですが、自分の責任と考えていました。




「kさん」③


        


ここでも影響していたのが、「相手の感情に影響される」でした。


他人の不安感やネガティブな感情に影響されてしまう。そして、自分でもよく判らないですが、自分の責任と感じてしまうのでした。

町で交通事故が多発しているのも、児童虐待がおき毎年何人も幼子が死んでいるのも私の責任なのでした。


さすがT主任、私の一番弱いところを的確についてくる。


私が傷つかないのなら、私の周囲の人を操り私を攻撃させる。そのことではそれほどのダメージはないのですが、操られた人の心がだんだん気持ち悪くなり、その口から瘴気を吐く様に傷つくのでした。周囲の人がTさん化する様子に強烈な自責の念を覚えていた。これがフラッシュバック「kさん」の正体でした。


ようやく見抜いたね。長かった。


そして弱点「相手の感情に影響される」、このことからくるフラッシュバックへの対応策もできています。見抜いてしまえば、効果がでてくる。


ブロック②「バリア」がそうなのです。それでも心に残る微かな悪徳裁判官の残滓は、ブロック③「浄化」でとり除きます。


ここまでするとフラッシュバック「kさん」が出なくなりました。


T主任は私の人生の中で間違いなく3本の指にはいる強敵でしたね。いろんな勉強をさせて頂きました。心からお礼を言いたいです「ありがとうございました」。これでまた強くなれる。






成果物系「ブロック」②バリア


「上級の話」


        


斎藤一人さんの100回聞きCDの「上級の話」から影響をうけています。

緑字引用

「人間って学ぶものなんです。じゃ、やっぱり、困るじゃないかって言うけど、そうじゃないんです。人が学ぶことって困ることなんですかってことなの。人がいい事を聞いて、いい事を学ぶ。学ぶことって別に困ることでもないんです。だから、人は困ってるんじゃなくて、学んでるんです」


困ったことは起こらない。ただ学んでいるだけ。この教えは対HSP(「相手の感情に影響される」)として非常に有効です。少なくとも私にとって。


人は自分の都合で苦しんでいるのです。そのこととで何か学んでいる。


何か学んでいることは悪いことではないですよ。例え人が何かに苦しんでいたとしても、その人の都合なのです。人間は底まで行ったらあとは上げるだけなのです。


他人がどうこういう問題ではないです。人が簡単に入ってはいけない領域です。


この考え方の根本にあるのが

「人はかならずいい方向に向かっていく」ということです。

苦しんでいてもそのことで何かを学びそれが糧になるのだ。まだ学び足りないから苦しむのです。



私の考え


     


納得してくれない方もいるかなと思います。


「なんて残酷なことをいうのだ」とかね。


私自身には非常に納得できる考え方でした。正直これまで経験が学びになっているつもりなので。ようするにそう思えない人は、まだ余裕があるということです。まだまだ底を見ていないからなのです。底を経験したのなら後はあがるだけなのです。逆に言えばまだまだ学ぶ余地があるということです。ある意味うらやましいですね。だから現在よりも「人はかならずいい方向に向かっていく」のです。


さて

「そんなことはない」と

現実として苦しんで、世と人を恨んで死ぬ人がいるじゃないか。


確かにそうなのです。死ぬまでに、いい方向に向かっていかない人もいます。


介護職をしていたので,普通の人よりは「死ぬ」ということに立ち会ってきました。

苦しみながら死んでいく人もいましたよ。現場の介護職の力量ではどうすることもできない現実がある訳です。


どうしたらいいのだろう?


仕事と割り切って何も考えないようにする人が多いです。正直そうしないとやってはいけない。気にして引きずる人は結局辞めていったね。


私は「生まれ変わり」を信じることで救われました。

人は何かを学ぶために繰り返し生まれ変わるのであれば、よくなるまで「生まれ変わる」からです。

はたから見て悲惨な状況であろうとも、「人はかならずいい方向に向かっていく」その過程にあると心の底から信じることが出来るようになった。


これが私の対「相手の感情に影響される(HSP)」です。



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