「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話⑩書き終わって

前編: 「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話⑨発達障害の克服 (平成26年2月以降)
後編: 「フラッシュバックへの対応」


          


目標を持つことから始まった

10年前に目標を設定したところから私の本当の人生が始まりました。発達障害者を幸せにする」これが大きな基本の目標ですが実を言うとこれは理念に近いです。

この理念を達成するために10年ごとの大目標があるのです。


最初の10年で行おうとしたことが発達障害の支援組織を作るという事を設定しました。これを1つのプロジェクトと考え、これを達成するためにいろんなタスクを考えるわけです。そして実行しようとする。でも実行することが出来ないですね。今まで私がこのストーリーで書いたような数々の弱点があり、タスクの実行ということが困難でした。


そこで方向転換をするのです「発達障害者の支援組織を作る」ことから「発達障害の克服」へ。ここからが大変でした。なぜなら誰も発達障害の克服を教えてくれない。特に10年前であれば医療の方でも発達障害に対してよく判ってなかったと思います。私が何人か関わった医療関係者は「障害だから無理をしなくていい」という考えているようでした。それに従うと私はひきこもりになるしかない。発達障害を治療するという発想ではなかったと思います。


「発達障害の克服」このことに対するアプローチ、私の方法はこういうものです。まず仕事があります。介護職でした。「仕事を遂行する」、そのために必要な技能や知識を習得するというスタイルです。障害の特性がありますので。定型発達者のように普通に仕事をするということが出来ないのです。自分の弱点を考えてそれを補う手段を構築する。これが前提条件でした。


この10年試行錯誤をしていましたが、「仕事を遂行する」ことに対しての仕組みはほぼ完成しました。結果として「発達障害の克服」を達成してしまったという事ですね。本当の意味で脳機能的に治った訳ではないですが、私はこれで十分です。





実行機能障害支援


      


私は自分のことを対発達障害の専門家と思っています。当然ながら医療領域の専門家ではないし、福祉領域の専門家とも違う。なにかというと、実行機能障害支援領域の対発達障害の専門家と思っています。あくまで「置口空助」限定ですが。こういう発想になるのは私が介護職ということと介護支援専門員資格を持っているということが大きいです。


認知症の利用者様と言うのは見方を変えるならば、実行機能障害者と言えるのです。その中で生活支援ということを行っていますが、医療的な治療は専門外です。介護職の専門性というのは、その人の望む生き方を、残存機能を生かしながら、足りない部分を支援するということです。常に業務上、実行機能障障害支援を行っていると言っていいと思います。

この素養が当事者として発達障害に立ち向かうときに役に立ったと思います。


実行機能障害を考えたときに

計画

実行

評価

改善

これらの何が問題か考えなくてならない。私の場合は圧倒的に「実行」、この部分に問題がある。要するに定型発達者が行うような方法では仕事上の「実行」を遂行するのは無理なのです。となると私に合わせた、仕組みをつくるしかないのです。それに力を注いだ10年でした。


この10年で医療関係者ともお会いしました。その中で思うことは、「医療だけでは完結しない」という気持ちです。通常の医療の考え方には、発達障害者の社会参加と言う発想はあまりないと感じます。

脳機能からくる生きづらさ、精神疾患への対応は医療の領域です。それとは別の切り口でが必要なのです。一次・二次障害が治ってから社会参加をするのではなく、例え完治しなくとも就労に向けた実行機能障害支援が必要なのです。でなければ引きこもりになってしまう。


このストーリーで私のしてきたことを余すことなく出し切ったつもりです。私にとって間違いなく効果があった方法です。これは完治していなくとも、仕事をして得た経験を元に組み立てたものです。正直必要以上に傷つくこともありましたが、それでも前に進んだからこそ、今こうしてこんな文章も書けるのです。

私の考え方としてあくまで社会参加です。仕事をする上で足りない部分をどうするかという発想なのです。ここで重要になるのが実行機能障害支援という立場で見るということです。

実行機能障害支援で最大の支援者は当事者本人なのです。


苦手なことがあっても、生きなくてはいけない。医療・福祉・行政、家族の援助が必要なのですが、ただ主体的に意志決定すべきは当事者なのです。

この10年の経験から言わしてもらうと、発達障害当事者は発達障害支援のスペシャリストになれる素養があります。「そんなー」という言葉が聞こえてきそうですが、私は確信しています。むしろそういう才能を持っていると自覚するべき。


こう考えるときいろんなことが見えてきますよ。さて発達障害支援のスペシャリストになるにはどうしたらいいか。当然ながらカリキュラムが必要なのです。どんな素質の持ち主でも、学習しないと才能は花開かないですから。

カリキュラムなは、これからですよ(笑)。現時点では土台になるものがあまりないです。そこで皆さんにお願いです。生活の中でそれぞれいろんな工夫していると思います。その工夫をどんな形でもいいので、情報発信をしてほしい(storys.jpも検討して下さい)。生きるための皆さんの工夫が、他の当事者の力になるのです。 


生きていて、理不尽だなと思うこともあるでしょう。だからこそ他の困っている人を助けたいという人も多いと思います。その思いが生かして下さい。情報発信して下さい。あなたの工夫が他の人に役立つのです。私もその気持ちでこうやって晒している訳ですが、私だけでは足りないです。様々な方が参加してくれた方が、よりほかの人に役に立ちますよ。ひとくちに発達障害と言っても様々な方がいますから。




今の状況


     


少し状況が変わっています。実は8月1日から、就労移行支援をお休みしています。

6月17日から通っていまして、たいてい午前中で終わり自宅に戻ってから、この「ストーリー」を書いていたのですが、間に合わないことに気がつきました。この調子だと9月12日までには終わらない。であれば就労移行をお休みして、書くことに専念しようと思ったのでした。


就労移行支援で通っている間にも、体調の方が劇的に向上しましたね。私の中では無病法か効果があると思っています。「異常に疲れやすい」私が、5キロのランニングを継続できます。以前のわたしは20分程度のウォーキングこれを1週間すると寝込んでしまう人間でした。 1週間といっても3日目あたりで体は疲労困憊です。無理をして1週間でしたね。この記録を破ったときには思わず号泣しました。体が動くので9月8日現在一日400gに拘ってはいないです。


現時点ではおそらく現場の介護職であれば、できるだろうと考えています。ただ夜勤となると少し不安が残っている状態です。「異常に疲れやすい」この部分が改善したおかげで、自分の能力のあらゆる部分が底上げしている状態です。私が作ったいろんな「仕組み」も効果を発揮していますね。ただ自分自身の中では「この苦手な部分はやはり残っているな」と感じるところもありますが、それでもなお、いろんな工夫で乗り越えることができるだろうと考えています。


予定であれば9月16日就労移行支援復帰です。そして介護の現場に実習の入ることになることになっています。非常に楽しみですよ。何せ働くは1年ぶりですからね。これまでいろんな仕組みは前職を退職してから完成させたので、その状態で働くことは非常に楽しみですね。多分いろいろ微調整しなくはいけないところが出てくるのです。発達障害の克服、これは普通に社会人として生活して本当の意味で完成なのです。燃えるよね(笑)。




これからのこと


     


もうこのストーリーは客観的には見ることは出来ないです。いいのか悪いのかの判断がつかない(笑)。でも肩の荷が下りたね。ほっとしています。

文中でも少し書きましたけども。対発達障害の専門家と思っています。それは構わないのですが、私になりにいろんなものを犠牲にして研究をしてきました。いや後悔をしているということではないです。こういう時期があっていい。でも、その過程で心残ったことがあって、私に心を寄せてくれた人や親切にしてくれた人に、きちんと心を返すことができなかった。そんな余裕がなかったですね。求道者気質といってもいいかもしれませんが、傲慢でしたね。自分のことしか考えられない時期でした。


ただ人間は違う状況になったら変わることを求められます。今は脱皮の時期かなと思う。次の10年に向けて、脱皮することを求められている。今までの私では駄目ということです。そろそろ変わる時期ですね。きちんと周りの人を大切にして普通に暮らしていきたいな。生活を安定させて、会社に所属して、地域に役立つことをする。そういう当たり前の人の生活がしたい。


それと地元に当事者会があるなら参加をして、なければ立ち上げて、同じ境遇の人と助け合って生きていけたらなと思っています。 1人では乗り越えることが困難な事でも、助け合えば乗り越えられることが出来ますものね。誰かの支えになりたいという気持ちです。




最後に


     



色んなことが出来ないと、最初は自分に怒りを感じて、そして人や世間を恨むこともあるかもしれない。でも最終的に「どうすればいいのか?」と考えるようになる。そうではない人はまだ悩み足りないということですよ。それもいいですが。


発達障害のいいところは何だろうと考えると、

出来ない」ということの可能性に気づきやすいということかなと思う。


別に奇を衒っているつもりはないですよ。意外と「出来る」ことより「出来ない」ということのほうが自分を成長させる要素を秘めている。本当ですよ。出来ないということを一種の強み、あるいはチャンスと感じられるとするならば、真剣に人生を考えて、自分と向き合うことになる。出来ないことの可能性を信じてみて下さい。当事者の未来は非常に明るく感じます。近い将来には「あのときは、なんであんなに苦しんでいたのだろう」と笑って振り返る時が来ると思っています。


いろんな出会いとインスピレーションにただ感謝しています。誰か1人ではなくすべての人に。もちろん、こんなに長い「ストーリー」を読んでくれた人にも。

どうもありがとうございました。


若干書き残しています。

「Kさんのこと」

「ブロック②」

10月中までに発表します。


ではでは。






続きのストーリーはこちら!

「フラッシュバックへの対応」

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