借金1000万円を完済したシューマッハアフィリエイトの物語 PART1

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その次はフリーランス(個人事業主)でデザイナーになりました。

とは言っても専門的に学んだというわけではなく、

ほぼ独学でイラストレーターやフォトショップを勉強しながら

イベント用のフライヤー作成などをやっていました。


デザインが好きだったので、仕事は楽しかったのですが、

「フライヤーを1枚作成して1万円」という価格設定でやっていたので、

時給がかなり低かったです。


それこそ発注者から修正の依頼などを受けたりすると、

さらに時給が低くなり、

コンビニのアルバイトをしている方が稼げるレベルの時給

でした。(苦笑)



その次にやったのは、転売ビジネスで有名な”せどり”でした。


ネットビジネスでもかなりポピュラーなので

名前そのものは知っていましたが、この時、初めて手を出してみました。


開店の10時〜閉店の20時ブックオフに入り浸り

「他人から見ると不審者だろうな」と思いながら

棚の端から端まで見ていました。笑



最初は少し苦労しましたが、コツを掴むと

1日10時間ほど、それを月に20日間やって

月に15万円ほどの収入になりました。


…けど、これって計算してみたら

時給900円のバイトと変わらないんですよね。(苦笑)



経験者はわかると思いますが、

かなりの肉体労働です。


僕の場合は毎日立ちっぱなしの過酷な労により、

重度の負荷に耐えれず、腰骨の疲労骨折になり、自力で起き上がれなくなりました。


「お金のため」という目的だけで半年ほど続けましたが、

やりがいも未来も感じられず、次第にブックオフには行かなくなってしまいました。


そして、ビジネスにおいて僕の転機になったのは

実はネットビジネスではなくネットワークビジネスでした。


化粧品や日用品の販売網を作っていくビジネスで、

僕が参加したのは昔からあるとても有名な会社です。


最初はなかなか上手くいかなかったものの、

気合いだけで活動しその結果、かなり時間をかけながらですが

組織を作っていくことができました。



そのときに、僕がマネージメントしていた組織では300人の部下がいました。

月収は50万円を超えました。


何も持っていなかった自分が

300人を指導する立場まできた…このときは

かなり感慨深いものがありました。



「月収50万円?それって成功者じゃん」



と思われるかもしれませんが

この裏側にある真実を、これを見ているあなただけにお伝えします。


続く・・・


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