いまさら、お袋って呼べない話

母を呼ぶとき。「お母さん」から「お袋」や「おかん」に変化するタイミングはいつなのだろうか?

僕はそのタイミングを全くつかめなかったので、母のことを彼女の名前である「キョウコさん」と呼ぶことにした。この方が一人の女性として扱ってる感じだし、なかなか悪くない気がする。

母の方だって「そろそろ、お袋って言ってくる年頃かしら。その時は何気ない顔で答えないといけないのよね」などと、考えてるのかもしれない。他のお母さんと「ねえねえ、あなたの息子さんはそろそろ始まりました?第二の思春期が」などという会話が、僕の知らない所で繰り広げられてるかもしれない。親子と言えども、知らないことはたくさんあるものだ。

そもそも、こんなことを考えるようになったのは、高校生の時。友達との会話の中で、自分の母を「お母さん」と呼ぶのが恥ずかしくなった。家の中ではいつも呼んでるくせに。そして、友達の前では「うちの親」などと形容するようになったのだ。けれど「うちの親」という言い方は、なんか他人行儀な気がするし、どうもしっくりこない。「母の存在が、そんじょそこらの既製品みたいになってしまうではないか、これでは」と小さく葛藤して、母のことを名前で呼ぶようになった。そのおかげか知らないが、友達にも親しみやすい母親像ができあがったと思う。

それからは、呼び名というのは、なかなか大事なものだと感じるようになりました。

初対面の人でも、最初は「さん」付けで呼んでたけど、あとから年下だと知った時に何気なく「くん」付けで呼ぶタイミングもなかなか難しかった。こんなこと考えるのは僕だけなのかな?

日本語って、むずかしい。

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