生かされている理由
大学の卒業旅行で、親友のHとカナダのウイスラーにいた。そしてそこで、私は遭難した。
救出されたときは、「カナダのウイスラーで、日本人大学生、2人、遭難。無事救出。」というテロップが日本のテレビでも流された。
そして、「奇跡の救出劇、カナダ人夫婦、日本人大学生を救う。」と地方新聞の紙面を飾った。
ラジオやテレビでもひっきりなしに、放送された。
大自然の雪山で思いっきり、スノーボードを楽しむために出かけた私たちは、自分たちの過信で、デンジャラススゾーンの黒と黄色のロープをくぐってしまう。なんと言う浅はかな行為だったか、のちにその現実を知ることになる。
初めのうちは、良かった。なだらかな新雪、白銀の世界を軽快に走る二人。
笑顔だけが何時間も続いた。しかし、そのうち、滑ってもすべっても、一向に景色が変わらないことに、だんだん不安になってきた。
その時だった、自分の滑り下りたその道が、ヒビのようになって、物凄い音とともに、どかっと雪が固まりとなって流れ落ち始めていることに気がついた。
それはまぎれもなく、雪崩だった。
さらに、焦る二人を襲ったのは、目の前の行き止まり。
そう、目の前にはもう滑る道はなく、そこは大きな滝の上だった。
雪崩は、後ろから物凄い勢いで押し寄せてくる。しかし、前方は崖。
「飛び降りるしかないよ。死んじゃう」
Hの声に、私は、スノーボードのビンデイングをはずし、板を崖の下に放り投げた。
そして、その滝にごつごつと出ていた岩を必死に掴み、崖をおりはじめた。とにかく、無我夢中だった。
しかし、滑った岩に足を滑らせ、私は、そのまま転落した。
気がついたとき私は、夕暮れ時のオレンジの日差しを浴びながら、ピンク色に染まった雪の中で、意識を失っていた。
記憶の断片に、かすかに聞こえた声がある。
「必ず迎えに来るから・・・。」
多分、Hの声だった。
それから、Hと離れ離れになった。
Hがどうやってあの崖を降りたのかは分からないが、記憶が戻った時、Hが、こんなになった私を見捨て一人下山したことだけは、現実なんだと思った・・。
それから、数時間が経過して、私は、自分の目の上にぱっくりと開いた傷ぐちをゴーグルのゴムで押さえて、歩きだした。
その時の記憶は、あまりない。意識が朦朧として、ふらふらだった。
途中、流氷の川に溺れ、靴を失い、私は靴下だけで、氷点下の雪山をただひたすら歩き続けた。
やがて夜になり、寒さは一層厳しくなった。川に落ちたせいで、服が氷付き始めている。
私は、あっけなく歩くのをやめた。同じ景色を見ているうちに、だんたんと歩くことさえ、意味のないことだと思えてきたからだ。「もう、いいや。ここで死のう」
マッチ売りの少女は、おそらくはこんな気持ちだったんだろうな~とふと思っていた。
こんな大自然の中で、自分は何とちっぽけな事だろう。ポケットにある400ドルも何の役にも立たない。
急に涙がこぼれてくる。「お父さん、お母さん、ごめんね。」ただただ、両親にわびている私が居た。
一時間ぐらい眠っただろうか、あろうことか、自分の目の上の傷からこぼれた温かい血で目を覚ました。
私は、生きている。この生ぬるい自分の血が物語っている。
まだ、生きている。そう実感した瞬間だった。
私はまた歩き始めた。足は、もうあるいている感覚も無かったし、どこを目指しているかもわからなかった。ただ、歩かなきゃ。。。という責任感みたいなものに、背中を押されている気がした。
結局、その後何度も弱音を吐きながらも、朝を迎えた。そして、自らの意思ではなく、最後を予感する睡魔が襲ってきた。いよいよ、ダメか・・・と、目をつむる。これは、受け入れるしかない運命だと静かに悟った。
記憶が薄れていく瞳の中に、黄金色の光が、遠くに輝いているのがかすかに見えた。
慌てて、目をこすって、我に返った。そして大きく目を見開いた。
かすかだが、まだ見えている・・・。もしかしたら、あれは、天国への道なのか・・・はたまた、まだ助かる可能性を示しているのか・・・
「ヘルプミー」
私は、ひたすら叫びながら、よつんばで、その場所を目指した。
靴下で歩いてきた足は、すでに凍傷となり二本足では到底、歩けなくなっていた。
這いつくばりながら、足をひこずりながらも、ただ、その場所を目指す。
すると、その黄金色の発していた光は、小さな小さなテントだった・・。
私は、テントに人がいることを願い、叫ぶ。
「ヘルプミー」
がさごぞという音がして、しばらくすると、テントのチャックが中から開いた。安堵を浮かべ瞬間、一気に張りつめていたものから解放された私は、中にいた女性に抱きかかえられるようにして倒れた。
テントの中にいたのは、カナダ人夫婦。ウイスラーが一年のうちで一番冷え込むこの時期に、キャンプをしていた風変わりな夫婦。その夫婦に私は救われたのだった。
女性は、倒れかかっだ私を抱きかかえ、すぐにテントの中の寝袋や、毛布をあるだけ私に巻きつけた。そして、私にホットココアを作って渡してくれた。
私は、さっきまでのことも、今のことも、もしかしたら、夢ではないのか・・これは、現実なのか、未だに受け入れることさえできなかった。
ただ、ホットココアが体の中に落ちていく温かさを痛感していた。少しして落ち着きを取り戻したと判断したのか、男性は、質問を始めた。一人で来たのか?と…。
その言葉に胸が痛くなった。
「あなたを見捨てた親友なんて、放っておけ!」と心の悪魔が騒ぎ出した…。
でも、私は、そんな心と必死に挌闘しながらも、途中で離れたHの服装などをこと細かく、男性に伝えた。
やがて、男性はスキーで山を下りて行く。
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