雑誌を作っていたころ(35)

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後編: 雑誌を作っていたころ(36)

防衛戦


 強制捜査を受けたその瞬間、ぼくらは会社近くの喫茶店で幹部会議を開いていた。何を話し合っていたのかもう忘れたが、誰かが走ってきて「おまわりさんが10人以上来て、ワールドマガジン社に入りました」と報告に来たのは覚えている。そのとき、ぼくは「来るべきものがついに来たな」と悟った。あと1年、せめて半年先であったら、青人社を立て直すことができていたのにと、唇を噛んだ。

 青山氏から海外宝くじビジネスの仕組みは聞いていて、グレーゾーンで勝負していることは知っていたが、それでも官許の宝くじに対して目障りな存在であることは間違いない。今はお目こぼしを受けているが、目立つようなことをすれば当局の攻撃があるだろうと思っていた。数カ月前に青人社とワールドマガジン社は六本木日産ビルという大きなビルのワンフロアに引っ越していた。それは青山氏の悲願であったのだが、十分に目立つ行動でもあった。


 ぼくがやらなければならなかったのは、「青人社を連鎖倒産に追い込まないこと」だ。たとえて言えば、青人社は廣瀬氏のもとで重傷を負った怪我人のようなもの。今ワールドマガジン社がいなくなれば、看護する人を失って衰弱死してしまう。ワールドマガジン社が早晩潰れるとしても、それは青人社が自力で歩けるようになってからにする必要があった。

 そのために、まず知り合いの弁護士に相談した。状況とこちらの意図を話すと、彼は「当局の目的は『海外宝くじの斡旋は違法という印象を国民に強く刻みつけること』だから、一方的にニュースが報道されないようにする必要がある。ただちに主要メディアにリリースを流すべきだ」と指示をくれた。

 それを受けてぼくはリリースを作成した。論点は、こんな感じだ。

「本日、ワールドマガジン社が強制捜査を受けたが、これは海外宝くじを詐欺商売にしている悪徳業者と誤認されたためで、遺憾である。『富くじ法』は明治時代にできた古い法律で、ろくな判例もない。官許の宝くじ以外を日本国民の前から排除したいなら、明確な法律を作ってからにすべきで、今回の警察の行動は職権乱用である」

 そして「富くじ法」に関する著名な法律家のコメントを集め、参考資料として添えた。


 そのリリースは効果があったようだ。NHKと日経新聞がすぐ話を聞きに来たし、始めは警視庁記者クラブの情報だけで事件を報道しようとしていた新聞各社も、「……と、ワールドマガジン社は反論している」という論調の記事にしてくれた。残念ながら、記者クラブ発表をそのまま掲載したところも多かったが。

 ぼくのもくろみは、「海外宝くじが違法かどうかは、まだ法廷で決着がついていない」という情報を定着させることだった。弁護士の意見は、「この問題は法曹界全体を巻き込む大論争になるだろう」というもの。ワールドマガジン社うんぬんよりも、はるかに大きな問題になりそうな予感がした。


 だが、警察はもっと現実的だった。要は海外宝くじの斡旋をする業者の息の根を止めてしまえばよいので、面倒な法律論争に持ち込むつもりなど毛頭なかったのだ。彼らはワールドマガジン社から押収した顧客リストを元に、海外宝くじを購入した人たちに事情聴取をかけ始めた。逮捕の脅しをちらつかせて。

 一般に、欲の皮の突っ張った人たちは、自己保身に敏感である。「楽をして稼ぎたい」という気持ちは、「自分が一番大事」という思いから発しているからだ。たちまちワールドマガジン社の顧客たちはパニックになった。通路を挟んだ向こうにあるワールドマガジン社には、解約の電話がひっきりなしにかかってきた。対応する女の子たちは泣き始めた。

 拘留され、毎日取り調べを受けていた青山氏も、ここにきて急に弱気になった。「違法性はない」と突っ張っているうちに、みるみる自分の城が崩れていくのだから無理もない。「法廷論争に持ち込めば勝ち目がある」というぼくのアドバイスを無視して、略式起訴による罰金刑を受け入れてしまった。これには弁護士も落胆の色を隠せなかった。


 社に戻った青山氏が最初に取った行動は、「ワールドマガジン社社員の全員即日解雇」だった。10年やってきた事業の幕引きとしては、あまりにも乱暴な話だ。そして彼は「これからは青人社で失った分を取り戻す。今まではバックアップに回っていたが、今日から陣頭指揮を始める」と宣言した。ぼくは目の前が真っ暗になった。金儲けしか頭にない素人が、出版界で暴れるとどうなるかを知っていたからだ。

 ぼくの防衛戦は、戦い半ばにして終わってしまった。いい戦いをしていたのに、司令部が勝手に撤退したからだ。「辞表の書き方を調べておくかな」。何となく、そう思った。



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雑誌を作っていたころ(36)

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