11結婚しようよ【息子たちに 広升勲(デジタル版)】

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前編: 10うちの母が吉永小百合に似ていると言われたことがある話【息子たちに 広升勲(デジタル版)】
後編: 12泊って行くよ【息子たちに 広升勲(デジタル版)】

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この話は、わたくしの父が1980年に自費出版で、自分と兄の二人に書いた本です。

五反田で起業し、36で書いた本を読んで育った、息子が奇しくも36歳に、

五反田にオフィスを構えるfreeeの本を書かせていただくという、偶然に五反田つながり 笑

そして、息子にもまた子供ができて、色々なものを伝えていければいいなと思っています。 息子 健生

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結婚しようよ


久し振り、一年振りぐらいに母ちゃんから電話がかかって来た。昭和五十年二月十日頃だ。

「保育園の同僚の人のいとこで病気で輸血をしなければなったので、相談に乗って下さい」という用件だった。

「元気かい、久し振りだね、時には社会的な用ではなくて、私的な用で逢うぜ、お互いに若いんだからね」そういって、二月十五日土曜日、デイトの約束をした。

なつかしい人にあうという気持で、恋心ではなかったが、なんとなくウキウキした気持で、五反田駅の改札口で母ちゃんが降りて来るのを待った。

来た。

オカッパ頭で眉毛ギリギリの長さの髪、ヒットラーの将軍達が着ているようなモスグリーン色の部厚い感じの丈の長いオーバーコートを着ていた。二年振りに逢った母ちゃんのスタイルは相も変らず目立たなかった。


“あいかわらず地味でやぼったいなー”と思った。

駅前の喫茶店グリーンに入り、父さんはコーヒーを、母ちゃんはレモンティーをたのんだ。「あのね、輸血のことは、親戚の人にたのんで間に合ったんですって、すみませんでした」

「いいよ、いいよ、きみに逢えただけで。ところで順調かい」

「ところで、結婚するらしい、と風のうわさにきいたけど本当なのかい」

「エエ、プロポーズはされているんだけど、どうしても気持がついてゆかないの」

「いつプロポーズされたの」

「三月」

「エッ、今二月だよ」

「去年の三月」

「なんだい、一年も前かい」

「そうなのよ」

「一年も前にプロポーズされて決心がつかないのなら、本当に好きなんじゃないよ、やめた方がいいよ。つきあいは長いの?」

「学生の頃からだからもう五年になるわ、私の方はズーット、普通の友達という感じでいたのよ。とても真面目な人なんだけど、ゆめがないというのか、その彼とこうして喫茶店で話をしていても、堅苦しい零囲気になって来るのよ」

「その点、ボクといたら楽しいだろう」

「そうね、広升さんといたら、何でも話せて楽しいわ」

母ちゃんは、大きな声で、息を吸いこみながら笑う、特徴ある笑い声をあげながらよく喋った。

「話は変るけどやっぱり養女だから養子をとるんだろう?」

「あまりそのことにはこだわらなくなったわ。養子にならなくてもいいみたいよ、私も前はどうしても家名を継がなければいけないと思っていたけれど、今はもっと自由に、自分自身の生き方を主体的にもってゆこうと思うようになったの。だってお嫁に行っても、かあさん(養母)を捨てるということではないでしょう」

「じゃあ、嫁に行くということもあるのか」

「そうね」

土曜日の昼すぎで喫茶店の客はみんな、くつろいだ雰囲気でにぎわっていた。

父さんも母ちゃんも、何かしら楽しそうに話をしていた。

「じゃあ、ポクの嫁さんになれよ、幸福になれるぞ」

父さんは笑いながら普通の声でそう言った。なんだか自然にそういった。生まれてはじめてのせりふだった。

「広升さんと、大変なことよ。普通の人とちがうもん」

その声は大きく、うれしそうにはずんでいた。

みんなの読んで良かった!