13 親の初夜の話「だってコワイもの」「何もしないよ」【息子たちに 広升勲(デジタル版)】

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この話は、わたくしの父が1980年に自費出版で、自分と兄の二人に書いた本です。

五反田で起業し、36で書いた本を読んで育った、息子が奇しくも36歳に、

五反田にオフィスを構えるfreeeの本を書かせていただくという、偶然に五反田つながり 笑

そして、息子にもまた子供ができて、色々なものを伝えていければいいなと思っています。 息子 健生

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「だってコワイもの」「何もしないよ」



まだ夜は寒い三月十七日。深夜の二時(正式には三月十八日)

母ちゃんはコタツに電気を入れた。お湯を沸かして紅茶を作っていた。

その間、父さんはそばにある“赤旗”をひろげて見出しを追った。

母ちゃんと過ごすはじめての夜である。てんで赤旗の記事は頭には入らなかった。

紅茶を飲んだ。

キッスをした。ながいキッスが終ってコタツに足を入れたまま、

「つかれた、ネムイ、ネムイ」とねたふりをした。

母ちゃんは、「じゃあ床を敷きましょうか」といって、床を敷いてくれた。すぐにその中にもぐりこむと母ちゃんは、さらにもう一組の布団を出そうとしている。

「二つ敷くの?」

「そうよ、いつもはそれに私がねて、こちらに都ちゃんがねるの。今日は都ちゃんの方にねるわ」

「いいじゃないか一つで、面倒くさいのに、一つにしておきなよ」

「だって、広升さん何かするでしょう、コワイから」

大丈夫だよ。何もしないよ、もうつかれたネムイ、ネムイ」そういってグーグーガーガーとたぬきねいりのまねをした。

母ちゃんは、どうしようかなと迷ったような顔をしながら、出しかけた布団をおし入れにおさめた。

しかし、すぐには布団の中に入って来なかった。洋服ダンスを開いて見たり、赤旗のパラパラめくって見たり、

「ネエ、早くねなよ、つかれているんだろう」父さんは布団の中から、何度も声をかけた。「だって」

「エエ、ワカッタワ」

「ハズカシイ」といってなかなか入って来ない。

その内に父さんは背中をクルリと反対に向けて、本当にねむったように、静かにしていた。でもつかれていても、とてもねむることはできなかった。

母ちゃんとははじめての夜だもの。

その内母ちゃんは静かにパジャマに着がえ電気を全部消して、ソーット父さんの横に入って来た。

それでも父さんは知らん顔して寝たふりをしていた。

しばらく、そのままジーッとしていた。長い長い時間のような感じだったが、その時間は十分ぐらいだったろうか、あるいは、五分ぐらいだったか、もしかしたら、たったの二分ぐらいだったかもしれない。

その長い時間に耐え、父さんは、ソーッと母ちゃんの手をにぎった。

母ちゃんは布団のはしで、父さんと同じように背中をむけて、ねむったふりをしていた。

母ちゃんだってねむれてないんだよ。

好きな、好きな、大好きな男性に抱れる一瞬だものね。

父さんと母ちゃんは結ぼれた。

昭和五十年三月十八日、午前三時。父さん三十三歳、母ちゃんは二十三歳になったばかりだった。




父さんにきいてごらん

三月十七日、十一時すぎいつものように母ちゃんから父さんに電話をしたの。

「逢うか」と父さん。

「あいたいけど帰りの電車がなくなるわ」

「いいよ送ってあげるよ」と父さん。

その頃父さんは、健太おじさんからのホンダシビックという自動車を借りて乗りまわしていたので、その日も車で来るのだと思って新宿駅前で待っていると、バイクで来たの、びっくりしたわ。

車で送ってくれるとばかり思っていたのでコートも着ていなかったの。

寒いから、父さんにしっかりとしがみついてバイクに乗ったの、すごく寒かったことが印象的。

…………。

…………。

三月十七日、母ちゃんは三月十五日誕生日、二十三歳になって二日目のできごとで忘れられない日となったの

嬉しかった。

母ちゃんはただそれだけしか言えないの、詳しいことは父さんに聞いてごらん。


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