物心ついて初めて亡くした、私の誇り、最後まで美しく生きた、唐揚げ作りの上手なおばあちゃん
31世紀、料理と言う概念がなくなるという創作を見た。
ここ数年で、創作と云うもので、何年か振りに、私は嗚咽が止まらなくなった。
「豚の角煮、嗚呼、あれはもう練習することも、振る舞うことも叶わないのか」「只のトマトソースじゃない、茸をふんだんに使い、家庭にいつもあるツナを、火加減に気をつけて作った、一番美味しいと、あの目を、黒いきらきらの目をまあるくして美味しいと褒めてくれた、傑作渾身のパスタ」「あの人が、くたくたに疲れた私がドアを開けた途端を狙って仕掛けたサプライズの、トマトのローズマリー煮の香り」「友達が振る舞ってくれた、一味違う麻婆春雨。パウチを使わないものを食べるのは初めてだったし、捻りが利いているところに人柄が出ていて、笑っちゃう位楽しくておいしかった思い出」「感動的においしいハンバーガー」「賄いの、出汁の利いた生涯忘れられないお味噌汁と、米粒が経つのはまさにこのことか、というくらいの、無論、具も言わずがなの、夢のようにおいしい混ぜご飯」
そうして、なにより。なによりも。
「おばあちゃんの、あの、世になく美味しい美味しい唐揚げを伝えられなくなるだなんて、なんて、なんて残酷なんだろう!」
私は、私は、後から後から涙がこぼれて、そうしてそのことにびっくりした。ああ。私には、たっぷりとおばあちゃんの血が流れている。そうして、おいしいものをつくりたいと、それに価値があると、作りたいと。願い、笑い、そうして生きて来たのだ。私には、潤沢におばあちゃんの血が流れている。
美味しいものを食べなさい。お腹がいっぱいの人は、悪いことをしないから。
この言葉は、私のなかで生涯の指針だった。衣食住、とはよくいったものだ。ごはんがまずいのは、それも定期的に、強制的にそれを食べなくてはいけない、というのは、とても憂鬱なこと。それを学べたのは、ある意味で幸運と言える。
ごはんがおいしくなかったら、日々の人生とは。一体なんであろう!「料理がうまいということは、人生をずいぶんあかるくする」
おばあちゃん、だいすき。
それには、べつだん料理のことは入っていなかったけれど。「私、おばあちゃんみたいに料理上手になりたい」は、幼少の頃から言っていた。
わたし料理クラブにしたよおばあちゃん!おばあちゃんみたいになりたいから、私、バイトはキッチンにしたよ。うん、ちゃんと料理ができるとこだよ。生きることは、食べることだからって書いたの。おいしい料理食べれなくっちゃ、人生って、惨めでしょう?うん…そう!そう、おばあちゃんのね、言う通りだったの!へっへー。自慢のおばあちゃんだよ。…おばあちゃん!お前んとこのおばあちゃんの孫だなって、こないだ認められたの!嬉しかったあ!
打算抜きに、私はおばあちゃんが誇りだった。言いたかった。言いたくて言いたくてたまらなかった。
おばあちゃん。おばあちゃんの料理のおかげで、なおの奴は、こういう人間に育ったよ。おばあちゃんはぎゅうぎゅう私を抱きしめた。さすがおばあちゃんの孫!おばあちゃんの孫だもん、なんでもできるよお。
死の間際、二度ほど会えた。そのときも、いつもの通り。「なおちゃんは、おばあちゃんが育てたんだ」「なおちゃんのことがいちばん、おばあちゃんだいすきだからね」
私はこんなにも祖母の事を好きでなかったならば、一年以上が経っても、時にはわあわあ声をあげて、みっともなく泣くこともないだろう。
料理は愛情というが、料理すなわち愛、と言い換えたって、私は構わないとすら思う。だから、冒頭で挙げたような料理もきっと、美味しかったのだ。おばあちゃんは、いつも。私が今それに気付くより、ずっと前に。おもてなしが好きなのも、人が好きなのもあって、そうして、だからこそ、あんな料理が作れたのだろうか。
おじいちゃんは、おばあちゃんがいなくなってから他の人の作るものを余り食べようとしない。自分で魚を焼いて食べる。「自分で作って不味かったっていうのが、一番腹が立たない」と寂しそうに笑う。同感だ。
同感だけれども、それはまるで、それこそ「料理の概念のなくなった世界」みたいで、いつも、いまでも泣いているおじいちゃんは、その31世紀に行ってしまったみたいにも思える。
私の愛して止まない、敬愛するおばあちゃんは、最後の二年ほど、病床に於いて、ほぼ誰にも会わないことを決めた。ほとんど夫も近づけなかった。
おじいちゃんは死後、それを泣きながら説明した。おもてなし好きで、みんなに料理を振る舞うのが人と会うのが大好きだった。スキンシップも大好きだったおばあちゃん。
私はお見舞いに行きたくても、きつく止められていた。なんで、なんで。会えないままいっちゃったの。
おじいちゃんは言った。
会いたかったし、会わない人と全部会わないっていうの、おばあちゃん辛かったと思うよ。勇気要ったのわかったよ。でも、迷惑とか心配かける方が、おばあちゃんはいやになった、って。その方が、断然良かった、って。
おばあちゃんは、最後まで、近しい人のことを見失わなかった。そうして一人になることを選んだ。
《近しい人のことを見失うのって、滑稽だね》
料理のことと、究極の愛とおもてなしを遺して、おばあちゃんはいなくなった。私にはもうひとつ尊敬の材料が出来た。ハードル高すぎるよ、おばあちゃん。
私のおばあちゃんは全世界に誇ったっていい、自慢のいい女だ。そういう女に私はなりたい。
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