よく働き、働いた分だけよく遊ぶ 〜青春の京都学生ガイドクラブ〜

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前編: 渋滞とコース変更に泣く 〜青春の京都学生ガイドクラブ〜
後編: 学校との両立に四苦八苦 〜青春の京都学生ガイドクラブ〜

おいしい仕事のネタは、自分から動かないと手に入らないものです。いつの時代も同じですね。


京都学生ガイドクラブの場合は、やはり「事務所にいる」という行動が大切なのでした。


ちなみに、京都学生ガイドクラブの事務所は、わたしの通っていた京都女子大学からほど近いところの、小沢荘という木造アパートにありました。(この小沢荘、実はまだ現存しています! 築何年くらいになるのでしょうか? 事務所だった部屋は、現在リサイクルショップになっています。)


学校帰りに「部室感覚」で寄ることができたのは、ひよっこ時代のわたしにとっては、恵まれた環境でした。


シーズン中、事務所には、必ず誰かがいました。言わば、電話番です。主に、3回生(運営を担当する期でした)の先輩が詰めていました。インターネットがなかった時代です。お客さま(旅行会社やバス会社)との連絡は、100%電話でしたので、電話が命綱でした。


バス教習が終わって、教習生から晴れてガイドクラブ員として認められた時、たった一つのルールを教えられました。それは、「シーズン中は、毎日、事務所に電話をする(または事務所に顔を出す)」というものでした。


毎日電話をするのは、仕事が入っているかどうかの確認です。基本的に、配車(=ガイドの仕事)は、大体前もって決まっているものですが、確定は前日ということになっていたので、その確認のためです。


そう言えば、ガイドクラブのあいさつ言葉というのもありました。それは、「お疲れ様です」「お疲れ様でした」です。「朝でも夜でも電話でも、お疲れ様です」と教わったので、「芸能界みたいだな」と何となく思ったものでした。


新人のうちは、仕事のたびに予習が必要になるので、急に仕事が入ったり、行き先が変わったりすることはありませんでしたが、これが3回生くらいになってくると、変わってきます。


前日の確認電話の時に「明日わたしの仕事どこだっけ? ああ、◯◯ね、いいよ〜」というレベルで「軽く」受けられるようになってきます。


シーズン中、連日仕事という日々が続くと、いわゆる「ナチュラルハイ」のような状態になってきます。(当時は、そんな言葉知らなかったですけど…。笑)


仕事の後には、三々五々事務所に集まって、「今日の仕事どうだった!?」みたいな話をし合って、お互いをねぎらい合う…そんな日々でした。


ざっくり京都・奈良・大阪・神戸・大津の範囲であれば、ガイドクラブは基本的にどんな仕事でも受けていましたが、時には、「そんなところ行くの?」というマイナーコースのガイドの仕事が入ることもありました。


急な仕事は「行ったことある人が行く」という不文律がありました。下車地のガイドに関する知識は、いくらでも調べられますが、道だけは行ったことがないと案内のしようがないからです。


「行ったことがなくて、仕事につけてもらえない」というのは、メンバーにとってはリスクだったので、シーズンに入る前、または合間を縫って、路線確認に行きました。


路線確認の目的は、お客さまのバスが行かれる予定のルートや下車予定の観光地まで車で行って、自分の目と足で状況を確認して、仕事に備えるためにありました。


ですから、物見遊山ではなく!!できる仕事の範囲を広げるための、いわば「自己啓発」です。とは言え…まあ、実際はドライブですから(笑)、なかなか楽しいものでした。


運転免許を取ると、車に乗りたくなるものです。免許取り立てのそんな仲間がドライバーをつとめたりしました。(今から思えば、みんなチャレンジャーでしたね!)


わたしの場合は、大学主催で毎年バスツアーがあったので、路線確認がてら毎年参加していました。「当尾の里(京都と奈良の県境の京都側。浄瑠璃寺、岩船寺)」や「柳生の里(京都と奈良の県境の奈良側)」に行ったような記憶があるのですが…。定かではありません。もう、昔の話すぎて。(笑)


このような路線確認の成果として、わたしが手にした超得意コースが「室生寺〜長谷寺〜談山神社」です。もう、このコースが好きすぎて、仕事が入れば真っ先に手を挙げていました。おかげで、何度か行かせていただき、春のシャクナゲやぼたん、秋の紅葉を堪能させていただきました。


実はこのコースは、大学卒業後、京都を離れてからも、プライベートで何度も行っています。道は一本で迷いようがないので、今でもガイドできるかも…ですね!(笑)

オフシーズン、ガイドの仕事がない時は、みんな普通の学生(笑)なので、いろいろ遊んでいました。

みんなの読んで良かった!