【色覚異常の話】周りの人達には、どうやら虹が虹色に見えるらしい。

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僕の頭の中には、楽譜上では表現しきれない、今にも溢れ出しそうな感情がメロディーとして渦巻いていた。

ここがffとかここがppとか、本当に鬱陶しかった。


自分の才能を信じていたから、もちろん本番にも楽譜は持って行かず、自分の吹きたいように吹いて、静岡県のフルートソロコンクールで優勝した。

練習は週に2時間もしていなかった。



審査員の先生方から頂いた批評ペーパーには、今思えば大変光栄な美辞麗句が並んでいた。

「素晴らしい表現力」「才能を感じる」「これからの日本フルート界を牽引していって欲しい」

しかし当時の僕には、全然練習もせずに不満足な演奏で得た賞など嬉しくもなんともなかった。


正直、表現したいことの1%も伝わっていなかった。

そこまで言ってくれるなら、一度で良いから僕の頭の中に流れる世界一素晴らしい音楽を聴いて欲しかった。


そして1人「音色に難あり」というコメントを書いた審査員がいた。

本番では、自分の頭の中の音楽を伝える為に必死こいて荒々しく吹いただけだったので、シンプルに「やかましいわオヤジ」と思った。



そんなこんなで、自分の中で既に確立されている音楽性を人に伝える為だけに練習をするのはアホらしくてやってられなかったので、周囲からの期待を余所に僕はフルートをやめた。


後悔は全くしなかった。


どうせこのまま練習しなかったら必死で毎日フルートばっかり吹いてる奴にはいずれ抜かれるんだろうし、自分の頭の中で流れる音楽が美しかったから、それだけでよかった。


周りの評価なんかどうでもいいから、自分が幸せになれる道を選びたかった。


いかにも中二病的な発想だが、そんな14歳の時の自分の記憶が蘇ってきたのには、本当に救われた。



だから今回だって、周りの人達がどうそれを評価するかなんて関係ない。

周りの人からしたらモノクロの世界でも、僕にとっては、これがカラフルな世界だ。


そう思えるまでに、時間はかからなかった。


2ヶ月くらいかかったけれど、僕は元気になった。




色盲でも、世界は美しい



そんなこんなで僕には、本当の海の蒼さも、木々を彩っているのであろう紅葉も、空を紅く染めると言われている夕焼けも、何が何だかさっぱりわからない。


それでも僕は、海も、空も、木々も、花も、星空も、本当に綺麗だと思う。


色が綺麗だとか、そういうのではないけれど…


上手く説明出来ないけれど、綺麗だと思うことは本当なのだ。



              * * * * * * *



あれはある初夏の日だった。

僕が10歳の頃だったと思う。


「お母さん、虹って実際そんなに綺麗なの?それともロマンがあるから皆で崇めてるだけで、実際はそんなに綺麗じゃないの?」みたいなことを聞いた記憶がある。


母は「虹はねー、本当に綺麗だよ。」と言って、庭にある水撒き用のシャワーを「キリ」という設定に切り替えると、ノズルを太陽に向けて思い切り吹き付けた。



遠い昔の話なのに、鮮明に残っている光景、誰しもあるだろう。

それは、そんな光景の1つだ。



庭の夏みかんの木の下に、一瞬にして虹がかかった。



僕は息を飲んだ。

風に流されて顔にかかる小粒の霧状のシャワーを浴びながら、虹を見つめた。


本当に心地が良かった。



母が作ってくれたあの虹は、僕の記憶が正しければ、何となく、何となくだけど、虹色だったのだ。


もし母があの時「実際そんなに綺麗なものでもないよ」と言っていたら、僕は間違いなく景色にも興味がなかっただろうし、だからこんな風にカメラを集めたりもしなかっただろうし、だから海外旅行にも行っていないだろうし、だから今の彼女とも出会えていないだろうし、今よりもずっと味気ない人生を送ることになっていたはずだ。

そんなことを考えると、母が作ってくれたあの虹の美しさは、これからも絶対に忘れてはいけないのだろう、と思う。



              * * * * * * *



だから僕はいつかそんな綺麗な景色にまた出会えることを期待して、桜の季節にはマスクで花粉対策をしてお花見に行き、目を擦りながらグレーの桜を見る。


そして、紅葉の季節には近くの公園に行って、夏と比べると心無しか元気がなさそうな枯れかけの銀杏を見上げる。



周囲に迎合しているだけなのかもしれない。

でも、誰かが「綺麗なピンクだね」とか「綺麗に色付いているね」とか言った途端、僕の世界は、鮮やかに色を変え始めるのだ。

少しだけ、そんな素直でいられる自分が好きだったりもする。



そう言えば、これを書いていて思い出したが、僕は赤が好きだ。

赤がどんな色かはよく分からないけれど、赤は情熱の色なんて言われてるから、赤い服を着ていると元気が出る。


全部人から言われたことだ。

もはや情けなくて笑ってしまうけど、どの色にも興味がないよりはどれか好きな色が一色あった方が、生きていて楽しいに決まっている。

好きなものが多ければ多いほど楽しい人生だ。



立派に健常なのに、綺麗な景色に価値を見出せない人もいっぱいいる。

その一方で、周りからしたらほとんどモノクロみたいな風情のない世界で生きている僕が、人並みに景色を楽しんでいるのは、これまでの人生を通して周りの人達が僕にいろんなことを考えさせてくれたからなんだろうな、と思うわけだ。




今年の夏は、ひまわり畑に行こう



ここ数日は日増しに熱くなってきて、夏の訪れを感じる。


夏と言えば、入道雲が広がる空と、黄色い絨毯のようなひまわり畑のコントラストを一度は生で見てみたいとずっと思っていたのだ。


ひまわりには、ちょっとした思い出がある。

昔好きだった人が一番好きな花が、ひまわりだった。


僕が見るひまわりの黄色も、空の青色も、皆が見ている風景よりも味気ないものなのだろうけど、きっと何かを感じられる気がするから、夏になったら絶対に行こうと思っている。


一緒に行ってくれる人、募集中です。


【この文章は、私が2014年6月にFacebookに投稿した文章を一部編集・転載したものです。】

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