辞めたくても辞めたくても神父を辞められない年老いた男の話

バチカンのシスティーナ礼拝堂に描かれたキリストは筋骨隆々とした逞しい青年である。自信に満ち溢れたこの男は世界を睥睨し、力に溢れた表情で人々に最後の審判を下す。

この姿は、あの痩せ衰え弱々しいカトリックのキリスト像と正反対で、当時でも物議を醸したようだが、これは、キリスト教的というよりもは、多分にユダヤ教的な「罰する神」の典型のような気がする。

全然関係がないが、ボリス・ヴィアンの作品には「醜いやつは皆殺し」という全く意味不明な不思議小説があるが、この作品タイトルの語感だけは、このマッチョなキリストにぴったりくる(こういうものをカッコいいと思い込んで読み耽っていたあの頃は若かった)。

それに対して、遠藤周作のキリストは、みじめでしみったれている。どんな理不尽な目に遭っても悲しげな眼で相手を見つているだけで、それはもう徹底的に役に立たない。「ネズミ」と呼ばれる登場人物が涙を流せば、遠藤のキリストは共に涙を流し、小便を漏らせば、共に小便を漏らし、ただひたすら苦しみに「伴走」する。

結局は、好みの問題であって、神に何を託すのかは個人の自由であるわけだが、僕自身はマッチョなキリストよりも、やっぱり「苦しみの伴走者」であるキリストに共感を覚えてしまう。

昨年の暮れ、ある老神父と出会う機会があった。

新潟出身の彼は、昭和20年8月2日未明の新潟大空襲で家族を亡くし、その後、苦学して神父になった。神父となってからは、ふとしたことがきっかけで、内戦で孤児となったカンボジアの子どもたち合計14人の里親となって彼らを養育し、今も学校建設などに関わりカンボジアとの縁が切れないでいる。

老神父はちょうど今、カンボジアに行っているらしいのだが、旅立つ前にこう言っていた。

「体もどんどん悪くなるので、おそらくこれが最後のカンボジア訪問になるでしょう。もしかしたら当地で天に召されるかもしれません。そうしたら私は喜んでカンボジアの土になります。」

階段の上り下りも不自由になった彼に、周りの信徒さんは笑顔でこうたしなめる。

「あら、神父様、去年もそんなことおっしゃってましたよ。今年もお元気で行ってらっしゃいな。」

ところで、この人、神父になってからずっといつ辞めようかいつ辞めようかと思い悩む日々だったという。しかし、辞めようと決心するたびに、彼の身には何かが起こるのだという。それは、カンボジアの子どもたちとの出会いであったり、学校建設の依頼であったりした。

「今日こそきっと辞めようと決心するたびに、何かが起こって、この年まで神父を辞められないでいます。神様は本当に意地悪なのです。」

老神父自身が戦争で家族を失っているからこそ、カンボジアの子どもたちを見たときに放っておけなかったのだろうし、苦学生だった頃の経験があったからこそ、学校建設に関わらざるを得なかったのだと思う。

齢八十を過ぎた今でさえ、老神父は家族を失った8月1日と2日は体が痺れて何もできないのだという。

悩みつつ、苦しみつつもこのようにしてしか生きていけない。だからこそ、自分と同じような境遇に置かれている人間を目にしたときに、関わるまいと思ってもどうしても通り過ぎることができない。

これが「苦しみの伴走者」としてのキリストなのかと思う。

そして、他者に対する共感というものは、結局、自分自身の経験によってしか抱き得ないものだろうかと思う。それは、信仰の有無や宗教者であるなしに関わらず。

マッチョなキリストは、悩み、弱々しい老神父をその足下に裁くことはあっても、その境遇や苦しみに共感を抱くことはないのではないか、とどうしても思ってしまう。

カンボジアの土になるのもある意味では老神父の本願であるかもしれないのだが、元気に帰ってきてほしいと思う。

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