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ヤリチンが人生の岐路に立って自らの半生を振り返り、本当に大切な物に気づく話

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著者:
Yamano Shun
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はじめに

初めまして、私は都内の大学に通う3年生です。

これは同じ大学に通う女好きで有名な友達に、自身の半生を文章にしてどこかに残したいが自分はネットに疎いので是非手伝って欲しいと頼まれ、おもしろそうだと思った私が彼の独白を文章に書き起こしたものです。

この話を聞いて友達の私ですら色々と思うところがありますから、いわんや皆さんもそうであると思います。でもまずは、最後まで読んでやって欲しいです。

初めまして、ヤリチンです。

これは僕が、自堕落で退廃的な生活を何年も送って送って送って、本当に大切な物はなにか、その答えを見つけるお話です。

〜因幡〜

僕がヤリチンになった直接のきっかけは高2の夏にほとんど強制的に一ヶ月の短期留学にいったことです。当時国内旅行の経験すらほとんどなく、英語に至っては全くと言っていいほどしゃべることのできなかった僕が、突如として送り込まれたのが、アメリカのロサンゼルスでした。英語をほとんど何も話せず、さらに内向的であった僕は、コミュニケーションにおいて大変な苦労を要しました。話すことが全ての語学学校で、話せないというのは本当に致命的でした。周りが何か面白そうな話をしていても、会話に参加する度胸も英語力も無い僕は愛想笑いしかできませんでした。

「こ、このままでは…孤独死してしまう!」

そう直感した僕は、勇気を振り絞ってとにかく色々な人に話しかけました。刻一刻と状況の変化するティーンエイジャーの会話においては、「流れ」や「ノリ」がなにより大事で、文法や単語、発音のミスなんかに構う暇などありません、ミスなどはあとから調べて正せば良いのです。時にはミスが笑いの種になったりもしますので、「とにかくしゃべる」ということはとても大切なことでした。その甲斐あってか、1週間たつ頃には日常会話をこなせる程度の語彙力と、話の流れについていく「ノリ」を身につけることができました。そこからは友達もぐんぐん増え、イベントに参加する機会も増え、そこで様々な女の子と出会います。欧米の女の子は日本人の同世代の女の子と比べて、比較的ガードが緩い傾向にありましたので、僕はその子らと遊び回りました。高2の多感な時期にこのような経験をすることで、僕の中の貞操観念が大きく変化し、一般的な日本人の男子高校生とはかけ離れてしまいました。これが僕のヤリチン生活のルーツとなった出来事です。

〜紅白・三色・丹頂〜

帰国直後から、僕は遊び回りました。暇な女の子を見つけては遊びに行き、ねんごろになる。そんな生活を1年ほど続け、卒業を控えた三年生の暮れに転機が訪れました。僕の通っていた高校は進学校ではありましたが、それほど学力の高い学校ではなかったので、国公立大学を受験する人は稀でした。その中で僕はなぜか上位にいましたので、都内の国公立大学を受ける予定で、クラスメートが続々と受験を終えていく中黙々と勉強していました。勉強しなくても志望校に合格する自信はありましたが、それでも勉強を続けていた理由は、同じ国公立大学を受験するクラスメート(学校でも1,2を争う美少女)の存在があったからです。言ってしまえばこのクラスメートと同じ時を過ごしたいがために、自由登校にもかかわらず律儀に登校して、遅くまで学校に残っていたのです。当たり前な話ですが、彼女に恋をしてからは他の女の子と遊ぶのをキッパリやめていました。

〜卒業後〜

結局僕は志望校に合格し、クラスメートは不合格という結果になってしまいましたが、それでも連絡は取っていて、入学後しばらくしたある日、意を決しクラスメートに告白しました。果たして彼女は僕の思いを受け入れてくれ、僕らは交際を始めます。この頃の僕は精神的には今よりも随分幼かったのですが、彼女を慕う気持ちは確かに本物でした。

〜喜劇〜

しかし、そんな幸せな生活も長くは続きませんでした。付き合ったのが四月で、別れたのが七月だったと記憶していますので、正味三ヶ月の短い春でした。しかし、フられたことは別にいいんです、僕なんかが彼女と釣り合うとは思ってもいませんでしたし、どうしようもなく子供だった僕は彼女を満足させられていなかったことを自覚していました。そしてついにその時が来ました。別れ文句は無味乾燥なメールで、本文には次のような意味合いの文面が、淡々とした口調で書かれていました。

「やはりあなたのことを恋愛対象としては見ることはできません。人間的には尊敬していますが、ただ、それだけです。あなたとは手も繋げませんし、キスも無理です。」

衝撃を受けました。

もうちょっとオブラートに包んでくれてもいいじゃないか!

ここまでどストレートに言うなんてあんまりだ!

と、思いました。なまじそれまで女の子に不自由していなかった僕は、見事なまでにプライドをズタズタにされました。現実を突きつけられるとやはりショックなもので、ひたすら落ち込みました。しかしながら、こういうことをヌケヌケと言うところも含めて僕は彼女のことを本気で好いていたので、到底嫌いになるなんてできないな、とも思いました。

当時のことを思い出さないように、半ば記憶に鍵をかける形でなんとか立ち直りましたが、この時受けた衝撃が、僕の中でゆっくりとトラウマに変化し、後々僕を大いに苦しめることになります。

〜転移〜

こっぴどくフられてしまった僕の、悪い癖が再発してしまいます。大学生となったこの頃は時間にも融通が利き、バイトもしていたのでお金にも余裕があり、より一層ヤリチンに磨きがかかります。入学当初から入っていた運動サークルにも顔を出さなくなり、大体1,2週間に1人のペースで、女の子を取っ替え引っ替え遊んでいました。

〜晴れ、曇り、雨〜

そんな生活を半年ほど続け、僕は大学二年生になりました。新一年生が入って賑やかになる大学、暖かな日差しが優しく降り注ぐそんな四月のある日、同級生と食堂で昼食をとっていた時のこと、「サークルの後輩に、めちゃくちゃ可愛い子がいる」突然同級生はそんなことを言い出しました。よくよく話を聞いてみると、この同級生が所属するサークルというのが、僕が一年生の時に所属し、二年生開始時には既に疎遠になっていたあの運動サークルでありました。そこで僕は、そんなに言うのならば見に行ってやろうじゃないか、ということで、疎遠になっていた運動サークルに再び通い始めました。

〜鮎原こずえ〜