ミスターマリックとなぜ僕が戦うことになったのか(第二章 ~蹉跌~)
そんな数奇な運命の糸(意図)に手繰りよされた出会い。それがマリックさんとの出会いであった。
僕は、子供の頃に劇団ひまわりに通っていた持ち前の演技力を発揮し、鼓動が聞こえるほど心の中では大きな動揺をしていたが、全く同様をするそぶりを見せず無表情を装った。
「あんた誰?」顔である。
しかしながら、そこは百戦錬磨なマリックさん、僕の一瞬の顔のひきつりを見逃さなかった。
その証拠に僕がイリュージョニストであることを見抜いていた。イリュージョニストであるということはすなわちマリックさんの存在を知らない訳がない。彼は皆の羨望の的であったのだから。
「イリュージョン」とは心理学を駆使する科学だと僕は定義している。この時はまさしく心理戦であった。
マリックさんはおもむろに、そのネジを僕に見せながら、「これは何に見えますか?」と問うた。
僕はスパコンの速さで頭の中で2つの答えを用意した。
一つは、ストレートにネジであると伝えること。
一つは、相手を混乱させるための何の関係も無い物を伝えること。
僕は後者を選択し、しかも彼がその場に用意できるはずもない物を伝えた。
「温泉」と。
彼ぐらいのレベルがあれば事前準備の時間さえあればこのイリュージョンはやってのけるはずだ。
が、ここはただの東急ハンズ。出来る訳もない。
そう、これはつまり僕の彼に対する完全なる挑戦状なのだった。
「温泉」と聞いた後に彼はニヤッと微笑み、ネジを掌の中に握った。「ハンドパワーです」といういつものフレーズを口にしながらその握ったこぶしに対し、反対の手でパワーを送るパフォーマンスを行い、一本ずつゆっくりと指を開くと、ネジは無くなり、その代わりに、くしゃくしゃになった紙が存在した。
マリックさんは僕にそれを取るように促し、その紙を恐々開くと、そこに書かれていたのは、
「麻布十番温泉入浴券」
という文字であった。
完敗であった。完全なる敗北感。
彼は僕のスパコンの速さよりもはるかに速い光の速さで答えを導いたのだ。
人生最大の蹉跌であった。
つづく
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