【 縁起 】

去年の鎌倉ダンスフェスを主催し、円覚寺 佛日庵の住職とのやりとりの中で多くを学びましたが、その中でも印象的だったのが、縁起でした。


縁起とは、皆さんご存知のとおり、ご縁のことです。


人と人とのご縁のこともありますし、それは物や環境にも言えると思います。


僕は、最近ほんとうにこのご縁をどれだけ大切にできるかで生き方というか方向性は全然変わるのではないかと強く学ばされています。


誰かに裏切り行為をされたとして、そこに潜むのは自分の心情が世に反映した結果。すなわち鏡。

そんな風にすぐ思えたら、もはやホトケかと思えてしまうほどです。僕にはそれは出来ないなー・・・多分、その行為をした人間に対して同じように怒りを感じ恨んでしまいます。


しかしながら、そこの行為によりご縁が断絶されるということはなく、もしかしたらどこかで再会するかもしれません。


だからこそ、この瞬間に、ブちぎれて絶縁的なレベルで相手を追い込み消えさせてしまっては、再会したそのときには何も生まれない、最早会っても素通りしたくなるのではないのでしょうか。


それでは単純に勿体ない気が最近していまして。


だから、今僕也の心情としては、どうであれ、相手を思いやるという姿勢というのは保ちたいということでした。


相手を思いやるなんて当たり前な道徳と思われがちですが、本気で難しい。。のは僕がダメ人間だから?いや、そうでもないと思うんですね。


コンビニの店員さんにだって、満員電車の中だって、どこでだって皆共存して生きているこの社会。ふとして見ると、凄く素っ気ない態度をとっていたり、それ友達にはしないよねという行動や発言をしていたり、、、それがいくら遠い仲に感じたとしても、その相手が次の日、知り合いから紹介されたとしたら合わせる顔ないですよね。それは、やっぱ縁を大切にしていないことがあらわになってると思うんですね。


この生をもって、この時代、この環境に、居合わせる全ての人々や物事、そのことに思いやりをもつというのは、それは今のこの瞬間に一緒に生きていることへの感謝にも近い、それ以上に奇跡を感じれていることなのではと思うのですね。


だから、重要な人には縁を感じ、真摯な態度をとるのでは意味がない。


この瞬間、目の前にいる人達含め、自分の内ではご縁を感じ大切にするということ。


いやー・・・僕的には凄まじい生き方の姿勢ですが僕は、そこを大切にしたいと最近強く思うのでした。


OBA


photo by Saori Ozaki



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