1年前、普通の会社員だった僕がベンチャー企業に転職し、わずか3ヶ月で事業責任者に抜擢された話

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以前僕は、「どうして僕はベンチャー企業に移ったのか、少し考えてみた」というタイトルでエントリを書き、こちらのサイトにお世話になったことがある。

前回は転職してから3ヶ月、ベンチャーってどうなのっていうところを新規事業を任されたところまでの時系列で追って、個人的な感想を含めて書いてみた。


これから新規事業を立ち上げるにあたって、色々と悩まれている方の指針に少しでもなればと思い、今回立ち上げに関わったaRts STOREというアートのECサイトを立ち上げるまでの話をつらつらと書いてみる。





第1章 新規事業のリーダーへの抜擢


これが、全ての始まりだった。


いつものように不動産仲介の仕事から帰ってくると、僕のメールボックスに社長からこのメールが来ていた。

これを見て正直、会社に入るのを3分くらいためらった。笑

(こ、これは何かあるぞ…?)

(ま、まさかクビか??)

(た、確かにそんなに目立った実績もまだ残せてないしな…)


恐る恐る会社に戻ると、割とすぐに社長に呼ばれて会議室へ。


そんな僕を尻目に、社長はいつものように話をはじめる。



社長
「ちょっと話と言うか、相談があるんだけど」
「は、はい…。」
社長
「そろそろお前も3ヶ月か〜、どう?調子は?」
「そうですね、そこそこ仕事に慣れてきて、まだ数字的にはついてきていないですけど…。周りのメンバーも好きですし、まずはここで頑張りたいと思います。」
社長
「そっかそっか、でさ、ちょっと相談があってさ」
(く、くる……)
社長
「実は何年か前から考えている事業があってさあ、それをそろそろやる時期かなと思って。何をやるかというと、簡単に言えばアートのECサイトなんだけど…。」

「で、お前さ、結構周りにweb関係の人多いじゃん?だから今の会社の中で、新規事業をお前にやらせてみようと思って。やってみない?」
(フ、ファ!?!?!?なんぞこの展開………)

…………

(しかしクビじゃないぞ…良かった…。)

(でも、「アート」なんて全く知らないし、そもそも興味持てるのか??)

(いつかwebサービスを作りたいと思っていたし、失敗しても死ぬわけじゃないし…。これはチャンス?)

(なんか新規事業って響きカッコいいな…。←)

(でもまてよ、興味を持てないことでサービスを作ることなんて出来るのか?)


とりあえず色々な感情や考えが頭の中を巡っていた。


そんな僕を尻目に社長は続けた。


社長
「どーする?やる?もちろん俺も手助けはするからさ」
は、はい!やってみます。

決断をするちょっと前。


僕はある言葉を思い出した。僕が前の会社で、「仕事がやりたいことにつながらない」とぼやいていて、とある人に相談した時に言われた言葉だ。

「仕事でやりたいこと探しなんて意味がない。目の前の仕事を一生懸命やることで、神様が天職(という名のお役目)をくれる」

急に言葉を思い出して、僕のなかでは8割方「この話を受ける」方向性で固まっていた。

あと2割は、そのうち時間が解決してくれるだろう。と。

ということで、この話を受けることにし、晴れて(?)僕は会社で新規事業を任せてもらえる、という妙にかっこよさそうに見えるポジションに配属されることとなった。


第2章 畑違いもいいところ


「人生、何が起こるか分からんな〜」社長から新規事業担当を告げられたその日の帰り道、5回くらい心の中で思っていた。

そう、本当に何が起こるかわからないのが人生なのだ。


ところで、話が進む前に僕とアートの関わりを少しだけ書いておきたい。どれだけアートに接していなかったかが分かるはずである。

①小学生のころ

親に絵の教室に無理矢理通わされていた。

楽しみは先生と話すことと、何故か教室に置いてあったアナログなボクシングゲーム(確か、ミニ拳闘士という名前だった。)を帰りにやること。絵は8割以上先生に手伝ってもらっていたので、自分の意志はほとんど反映されていない。

②中学生のころ

一番苦手な授業。期末テストでは美術の点数が低く、全体の平均点を見事に下げていた。

③高校生のころ

音楽選択のため、美術の授業は確か受けていない。ちなみに高校生の時にフランスに行ったことがあるのだけれど、ルーブル美術館は5分で飽きた。

④大学生のころ

サークルとバイトに明け暮れていたため、ほぼアートと接する機会無し。

という状況。アートに対する関心は後々出てくるもんだと思っていたのでそこまで気にはしていなかったものの、いかんせん知識がなさ過ぎる。そして、アーティストとは無縁の世界に生きていた僕には、いきなり目の前に「全く知らない分野でビジネスをしていく」という壁が立ちはだかったのだ。


それに加え、web周りの友達は確かにいるが、そもそも自分でECサイトを立ち上げるのは初めてであり、web制作のスキルも知識もゼロ。

かつ、色々な事情があって、まだ残っている仲介事業の仕事も平行してやらなくてはならず、5月〜6月頭までは、はっきり言ってほとんどECサイトの仕事に着手出来ない状況が続いた。

かすかに記憶しているのは、事業資金となるお金を融資で取り付け、とりあえずサイトの中身をどうするか、ECサイトのベースとなるシステムでどれを使うのか、などをなんとなく(本当になんとなく)決めたことくらい。

とはいえ、社長と一緒に進めていくものだから、とにかくやれる事をこなそう、と思いつつ日々の業務に追われる毎日。

しかしある時、この状況からちょっとした変化があった。


この事業を僕に「完全に任せる」ことになった。ということである。


5月の中頃、再度会議室に呼ばれた僕。

社長
「基本的には、この事業をお前に任せるよ。この事業は俺のやりたいことでもあるんだけど、俺のあれやってこれやって、というのに対応するのだけじゃつまんないでしょ」
は、はい。。。


任せてもらえるのは嬉しい反面、ちょっとびっくりした。


もともとこの事業は僕自身が「社長の下で事業を進めていく」という認識もあり、大手企業に構図を当てはめると

新規事業部長:社長

その部員(1人):僕

みたいなイメージだったので、それが急に

新規事業部長:僕(ONLY)

となる。

この差は結構でかい。


それまでは

社長が「あれやって、これやって」というのをこなせば良かったものが、

「あれやろう、これやろう」と自分で考えて「あれやって、これやって」と段取りを考え、時には人には「あれやって、これやって」と指示を出さないといけなくなった。

これまで割と大企業でぬくぬくとやってきていた僕には経験のないことで、何からやったら良いのか、途方に暮れるしかなった。


ちなみに5月終わりくらいだったと思うが、とあるエントリを引用して、社長は僕にこんなことを伝えようとしていた。

「任せる」ということについて。

(中略)

まず、受け取り手の人に思って欲しいのは、「任せる」というのはその範囲の責任を譲渡しているという事なので、与えられた範囲内での意思決定は基本的に全て自分がするべきだという事です。

(中略)

分からないなら聞けばいいだけの話ですし、結局の所任せているにも関わらず、ここまでやりなさいとか、ここはこう考えなさいとか全部指示を出さないと動けないというのでは、任せている意味がありません。

(さらに中略)

もう一度言います。

大切なのは、任されたからには自分で考え、動く事です。変な言い訳はいりません。任されている領域が不明瞭なのであればクリアになるまで聞けばいいだけです。自ら動きなさい。指示を待つな。その上で、しっかりと上司を安心させてあげなさい。そうする事でもっと大きな事を任せて貰えるようになります。

しかし、自分が何かの組織の中で一番上(のような立場)につくのは、小学校以来である。

しかも、その時の経験と言えば、少々強いサッカーチームのキャプテン、といったもの。色々あった今だからこそ上のエントリの内容は分かるけれど、その時には「自由には土台がないとだめだ」とか「全て自分で出来るならとっくに自分でやっている」などと心の中で思っていた。


やっぱり、どうしたら良いのかよく分からなかったのだ。


上記のエントリのように自分の思った通りに進めれば良いのだろうが、適当な事をして他の仲介事業部門のメンバー稼いでいるお金でやっている事業を潰すわけにもいかない。

とはいえ、アートの事は分からないし、未だにアートに興味が湧いて来ない。そして社内にこの事業を

やっているのは無論僕だけなので、特に相談出来る同僚もいない。

どうしたら良いのか、誰にも相談することも出来ず、もやもやとしながら事業は進んでいく。

そして時間が経つに連れて、サイトのデザインはデザイナーから上がってくるし、サイトのワイヤーフレームもエンジニアからくる。そしてこの時は全くもって分かっていなかった(今でもよく分からないが)「webディレクション」もいつの間にか自分がやる立ち位置になってしまっていた。


この時点で僕は

・そもそも(自分の中で)事業コンセプトが決まっていない

・webのデザインだけはそれっぽいものが上がってくる

・ワイヤーフレームも上がってくる

・webディレクションもしなければいけない(したことないし、誰も教えてはくれない)

という状況に置かれていて

さらにこれらに加え、本当に自分はアートに興味を見いだせるのか?というもやもや感を感じていた。


な、なんや…この泳げない体で大海に小舟1隻で放り出された、モンキー・D・ルフィのような状態は…。

そんな感情を抱きつつ、時間が過ぎてゆく。

そして、更なる試練が僕を待っていた。

第3章 ようやく走り始めた新規事業


「アート」というまったくもって畑違いの世界において、いつの間にかリーダーになってからはや4ヶ月。上にも書いたように、思うように作業を進める事は出来ていなかった。

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