自分の人生を生き切るために

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私は人口より牛の方が多い北海道の片田舎で

5人兄弟の長男として育ちました。



大工の父と歌の上手い母に育てられ、

お金持ちではありませんでしたが、

何不自由することなく育ちました。





小中学生のころは、

よく歌番組のオーディションやタレント事務所に応募して

アイドルになるのが夢でした^^


数回、TVにも出た事があるんですよ。




しかし、17歳の時に両親が離婚し、生活が一変しました。


離婚後、母は5人の子供を引き取り女手ひとつで

私たちを育ててくれました。


その後、父には一度も合っていません。

生死も不明です。



女手ひとつで5人の子供を育てる事は

容易ではなかったはずです。



母は昼も夜も休みなく働きましたが、生活は大変でした。



私は何度も学費を忘れたと嘘を言って

待ってもらったこともあります。


「お金がない」と言えなかったのです。




私は、そんな苦労した母親の姿を見ていたにもかかわらず貧乏暮しはとても嫌でした。


そんな田舎に住んでいる事も、とても嫌でした。




高校卒業後、私はアルバイトでためた

お金を握りしめ友達を頼り上京しました。




私は、その頃プロのミュージシャンになるのが夢で

横浜でバンド活動を開始しました。




当然、バンドだけでは食べていけませんので

トラックの運転手をやっていました。




丁度、日本が”バブル”に突入した時期で

「給料が前月の倍になる」という今では考えられない体験もしました。




23歳だった私の給料は、手取りで40万円以上。


さらに年に3回のボーナス。



それまで貧乏暮しだった20代前半の若者の金銭感覚は、どんどん狂い始めました。



車を買い、家賃15万円のマンションに住み、

週末のクラブ(お姉さんのいるお店)通い。




10万円程度の買い物は即決でした。




今思えばそんな経験は、しない方が良かったと思っています。


すっかり贅沢が身についてしまったのです。




そんな時、あっけなくバブルが弾けました。


30歳でした。




40万円だった給料が、ある月突然、半額になりました。


家賃が15万円ですから、水道光熱費を払えば、


手元にはほとんど残りません。



貯金もほとんどありませんので引越す事もできないという状況。





私は、食べるために家にあった色々なものを売りました。


100万円以上もかけて揃えた音楽活動に必要な楽器も全部売りました。






そんな時でした、健康食品のネットワークビジネスに誘われたのです。



絶対、怪しいと思いながらも

参加したイベントですっかりハマってしまいました。



こんな世界があるのかとあまりのカルチャーショックに

その後1週間、一睡もできなかったのを覚えています。

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