勘違いした4年間

1 / 13 ページ

前編: 重圧から逃げた3年間

勘違いした4年間

重圧から逃げたツケが回ったかのように1年間の浪人生活を余儀なくされた。


これが3年間の僕の結果。


いや、正確にはそれでも推薦で入学する事は出来た。


でもそれを拒否した。


もしかすると、これも推薦入学からの重圧から逃げただけかも知れない。


その後の結果で、答えは白にも黒にもなるというのはこの頃から身に付いたのかも知れない。




実は、高校野球で、問題を起こして謹慎が2回、そして本当の引退。


大学入学までの浪人期間。


これらを以下で”仮引退”だとする。笑


他の同世代の野球人に比べて、野球からの離脱が実に多かった。


これは僕自身の素行の悪さや自分勝手さが全ての元凶だったので自業自得。


しかしそんな離脱を余儀なくされた野球からの”孤独な期間”が、他の野球人では到底到達出来ない

未知の領域に結果的には誘ってくれたことになる。


野球に限らず、何事も我慢し続ける事を美として、ひたすら追い込む事を善とする。


それに背けばその先はノーチャンス。


そんな中で、半ば強制的に味わう”謹慎”には普通の野球人は経験したくても出来ない

孤独な期間を正当化してくれるものとなった。



よく聞くと思いますが「引退してから上手くなる人」っていると思いますが

言ってみれば僕は人並み以上"引退"を経験した事になるわけです。笑


そして大学入学後もさらにこの「仮引退歴」は加速する事となる。



その度”野球からの孤独”を味わい、それでも上達の意欲の火を灯し続け、野球の常識や既成概念を客観的に捉える期間へと昇華させた。

みんなの読んで良かった!