【第三回】少年Aがいた街。

遅くなりましたが、完結編を書きました。
たくさんの「続きが読みたい」を、ありがとうございました!
***
犯人、つかまる
大学からの帰り、地元の駅の改札を抜けて自宅のほうへ向かう途中、街の雰囲気がいつもと違うことに気がついた。
事件発覚からすでに1ヶ月近くが経過しており、警察や報道陣の姿はもはや見慣れた光景になっていたのだが、明らかに数が違う。まるで群れのように多い。
それを見たわたしは直感的に
あ、犯人、やっとつかまったんだ。よかった・・・!
と思った。
報道陣の後方で近所のおばさん達が数人ずつ集まって、立ち話をしている脇をすり抜ける時に、会話の切れ端が耳に入った。



そこまで聞いて、さっきまでの安堵の気持ちに、一気に暗雲が垂れこめた。
犯人、わたしの知ってる人じゃありませんように。
てか、中学生って!嘘でしょ・・・
祈るような気持ちで、家についた。
実家の玄関のドアを「ただいま」と開けると、奥から母親が出てきて開口一番、


Rちゃんは、大丈夫かな。
わたしは、少年A宅から徒歩数秒の距離に住む、かつての教え子・Rちゃんのことを思い出していた。
「見て、先生!中学生になったら、これ着るねん!」と、嬉しそうにピカピカの制服を見せてくれたRちゃん。
「中学校ってどんなんかな?勉強、むずかしくなるのはイヤやけど、部活は楽しみ♡」
と、頬を紅潮させて新生活に胸を弾ませていたRちゃん。
まさか、入学したばかりの学校の門に子どもの首が置かれ、その凄惨な事件を起こしたのが同じ学校の先輩だなんて、誰が想像しただろう。
どれだけショックを受けているだろう、と想像すると、胸の中をかき乱されるような思いがこみ上げて、苦しくなった。
もちろん、被害者のご家族の苦しみとはまったく比べ物にならない。
ただ、メディアには事件のショッキングさ、異様さばかりが取り上げられて、ほとんどスポットの当たることがなかった「あの中学校に通っていた子たちの傷」がいかばかりだったのか、20年経った今も考えずにはいられない。
***
どこにでもあるような街の、片隅で。
その後のことや、事件の流れ、さまざまな考察については、いくつかの書籍が出版されて、多くの人々の知るところとなった。
わたしも全部ではないけれど、そのうちの何冊かは読んだ。
こんなにも近くで起きた事件が、一体何だったのかを知りたくて。
だけど、結局のところ、その真相はよくわからない。
テレビや週刊誌では、専門家や著名人が毎日のように「1億人の心臓を鷲掴みにした、あの事件の要因」を様々な角度から語っていた。
その中で、喉元にひっかかるような違和感を感じた論調がある。
「ニュータウン特有の閉鎖性」「新興住宅地の死角が起こした悲劇」「地域社会の崩壊」などなど
【ニュータウン】という【特異な場所】が、少年Aのダークサイドを育てた、というような一説だ。
果たして、本当にそうだろうか?
特異?
閉鎖性?
ニュータウン特有の死角があったから?
地域のコミュニティーは崩壊していた?
アップタウンとダウンタウンの階層化?
ディスコミュニケーションの顕在化?
それは、1000個くらいの要因があったとしたらそのうちの、ひとつかもしれない。
ただ。と、そのニュータウンで生まれ育ち、さらにそこを離れて15年になるわたしは思う。
あの街は日本中、どこにでもある、良くも悪くもふつうの街だ。
タンク山は、チョコレート階段は、名前や形を変えて、どこにでもある。
ふらふらとバイトを変える女子大学生は、どこにでもいる。
勝手にバイトのシステムをいじるバイトリーダーは、どこにでもいる。
昼間何をやっているのかよく分からないコンビニの店長は、どこにでもいる。
中学生になるのを待ちわびている13歳の少女は、どこにでもいる。
ウワサ好きの主婦達は、どこにでもいる。
あることないことを書き立てる週刊誌の記者たちは、どこにでもいる。
そして
30代の白い(あるいは黒い)乗用車に乗った男性は、どこにでもいる。
過干渉の母親は、どこにでもいる。
無口で仕事熱心だが影の薄い父親は、どこにでもいる。
亀好きの、素直な小学生の男の子は、どこにでもいる。
残酷な嗜好を持った中学生男子は、どこにでもいる。
彼は、かなりのレアケースだと思う。
だけどこれは、様々な要因と様々な登場人物が不幸にも最悪のタイミングで絡み合い、起こってしまった事件、といえるんじゃないかと、私は思っている。
「どこにでもいる人達が住む」「どこにでもあるような街」で。
言い換えればそれは、あなたの住む、あなたの街で、起こっていたとしても何もおかしくはないのだ。
***
後日談
犯人逮捕後、しばらく騒然としていた街は日を追うごとに静かになり、やがてそれなりの平穏を取り戻した。
明らかに事件前とは違う事は、少年A宅やタンク山を回るツアー見学に来る「観光客」がたまに訪れること。
住人達は、嫌悪感をむき出しにこそはしなかったけれど、冷ややかな目でそんなミーハーな観光客を見ていたように思う。帰れ!と怒った人もいたとかいないとか。
少年A宅は、そんな「観光客」対策だろうか。どの窓も雨戸をぴったりと締めて、あらゆる好奇の目を拒絶しているように見えた。
ある、客足の途絶えたヒマな午後。
例のお猿の店長が、あくびをしながらつぶやいた事が私は忘れられない。




なんでやろうなあ、あんなこと・・・
今となっては、店長が言ってた「あの子」が少年A本人だったかどうかは、分からない。
あるニュータウンでの、出来事。
【おわり】
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