名前のない喫茶店 ~東川君と信じられる自分~

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前編: 名前のない喫茶店 ~北本さんとライフワーク~

「予備校生活はもう慣れたかい?」


「はい、何とか、やってます」


東川はアイスコーヒーのグラスを傾けながら、小さくうなづいた。


「そう、それは良かった。初めての一人暮らしは大変だものね」


「はい、まあ]



外は雨だった。梅雨明けはまだ遠いようだった。


東川は、雨の匂いが地元のものとは違うことに気がついていた。そんな違いを知ることが、故郷を思い出すってことなのかなと思う。まだ家をでてから数ヶ月だから、実感はないのだが。


「東川君は、その、何か大人になってやりたいことはあるのかい?」


「ひがし、でいいですよ。職業のことですか」


「そうだね。夢っていうか、叶えたいことっていうか」


「まあ、一応学校の先生になろうと思ってます」


「そうなんだ。先生って立派な仕事だよ」


「いえ、そんな夢っていうほどのことじゃ、ないです」


東川は雨空をぼんやり見つめていた。

特にほかになりたいものもないし、なれるとも思えない。目の前にいつも先生っていう存在がいて、何とか自分もやれそうだったから、そうだと思っているだけ。夢なんてかっこいいものじゃない。



雨音が波のように近づいては去っていった。


自分には、自信もないし、意欲もない。

でも、やらないこといけないことはどんどん増えていく。難しくなっていく。

予備校に慣れたことは本当だけど、正直うまくやっているかどうかわからない。何とか課題をこなしているだけで、学力が伸びている実感はなかった。このままでは、また同じことになってしまうかもしれない。

自然と肩が落ちた。


「そんなにうまくはいかないです」


「まだ、予備校生活もこれからじゃない。東君なら、大丈夫だよ」

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