フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話

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後編: フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅡ

水産商社でマグロの買い付けをしてたときの話








午前出発の成田からマニラ行きのJAL便は多くの日本人でにぎわっています。


今でこそ普通の格好をした人たちが乗っていますが、当時のマニラ行きの機内だけは異様な格好の日本人が多くいました。何が異様かと申しますと、その服装のセンスと申しますか、とにかくそれらを総称してただ一言で分かりやすくいうと、「異様」という言葉しか当てはまりません。



ダボダボのスリーピースに農協の帽子をかぶったグループやタンクトップと半ズボンならそれも悪くありませんが、絶対それ「ランニングシャツでしょ」というような白いシャツとだぼだぼの半ズボン、シャツはきっちりズボンに入れています。


それはおにぎり片手に旅をする「山下画伯」そのものの格好にしか見えません。


搭乗ゲートの待合室は誰でも客層の格好だけで「マニラ便とわかる」といわれるほど異様なファッションを身に着けた男たちであふれかえっていました。

そんな、ファッションセンスのひとかけらも持ち合わせていないような男たちもひとたびマニラの空港に着けば、アイドルの到着を待ちわびるかのごとく、フィリピンの美女たちが今や遅しと空港にあふれかえっています。


マニラ行きの機内ではほぼ全員が男、それも酒を飲み、あからさまに大きな声でフィリピン女性の話に花を咲かせます。


一昔前の日本人のマナーは酷いものだったです。今の中国観光客のマナーの悪さを揶揄する人もおりますが、当時の日本人の節操もそれと大差はありませんでした。


マニラの空港では長い黒髪をなびかせてフィリピンの若い美女がその「山下画伯」に抱きつき、再会の涙を流しています。


美女と野獣、いや、美女とカールおじさんのごとく・・「絶対にありえへん」と断言できるようなデコボコカップルを横目に私はマニラ到着後、迎えの車に乗り込み町とは逆の方向に車を走らせました。


マニラ国際空港の近くに新設された工業地帯は輸出を主とした食品加工の工場が立ち並び、私はヨーロッパの食品会社からオーダーを受けた刺身用のマグロのカットについての打ち合わせと、新しい工場との契約が今回マニラに出張に来た目的でした。


今回、寿司ネタカットにした商材を日本で取り扱うことが出来ないだろうかと日本から商工会の団体さんがお見えになっているのでご紹介したいのですが、と、マニラの食品加工会社の社長の提案で私が工場の案内役と通訳を務めさせていただく事になりました。


バスから降りてきた日本人を見てびっくり。


視察旅行とは名ばかり、みんな昼真っから酒を飲み、中には飲みすぎてバスから降りて来られないような人もいるくらいでした。


フィリピンまで来てまじめに商売の話など聞きたくは無いでしょう、始めての海外旅行で羽目を外したい彼らの気持ちもわからないではありませんでしたので、一通りさっと工場内を案内して、工場近くのシーフードレストランで一緒に食事をする事にしました。


「いや~っ、昨日はマグロだっただけに今日は当たりを引きたいな」




「あいつが連れて行った女の子は朝まで凄かったらしいぞ」


みんなの読んで良かった!