フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅡ

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車をホテルに引き返させたとき、私の苛立ちはピークを迎えていました。


私の忠告を聞かずに、嬉々としてマニラの夜に消えていった日本人。


その日本人を鴨にして簡単に騙した詐欺師のあのにやけた顔。


そして、何よりも一番に自分の苛立ちを増幅させたのはそんな日本人を助ける事無くホテルを後にした自分。


金目当ての連中にいくらかのチップを渡し、その場で話を収めることならいくらでも出来たはずです。


いくら自業自得とはいえ困っている日本人を助けずに自分の仕事を最優先した事は一生消えることの無い後悔となるに違いありませんでした。


ホテルのフロントでは相変わらず真っ青な顔をして振るえているアロハ君の姿がありました。相手にひざまずき何かを一生懸命懇願している様子でした。

冷静を要する商談と違い、このような交渉はいかにイニシアチブをこちらへ引き寄せるかが鍵です。

自分の苛立ちを抑える事無く、感情をあわらに相手に向かいました。


「おい!逮捕するっていうけど、パトカーは何処にある?まさかトライシクル(三輪バイク)で犯人を護送するつもりか?」


「誰だ?あんたは?」


「私は彼のエージェントだ」


アロハ君の了解を得ることも無く、無理やり二人の間に入った私は勢いのまま苛立ちをぶつけました。


「パトカーはもうすぐ来る。すぐに彼を護送するつもりだ」


「何処に連れて行くつもりだ?」


「カピテの警察署だ」


多分、カピテの警察署が彼らの所轄の警察署だったのでしょう。マニラから車で50分ほど離れた町は多くの工業団地が立ち並ぶ、新興の工業地帯でした。


万が一そちらへ護送されてしまえば完全にアウェーです。イニチアチブは向こう側に大きく傾いてしまいます。


「カピテ?そんなところは認められない、マニラからいくら離れていると思ってるんだ?逮捕するんだったら事件のあったこのホテルの最寄警察署でするが筋だろう?」


「いや、コンプレイン(被害届)はカピテで出ている。だからカピテに連れて行って取り調べる。」


「これは事件ではない、証拠が無い、被害届だけで犯人扱いするのは違法だ」


むきになって怒り始める警察官、真っ赤な顔をして怒り始めました。


「彼は自白をしているだぞ。逮捕されて無期懲役は間違いない」


「自白?あのことか?あれは日本語だ、こんにちわって挨拶は日本語で「ヤス」って言うんだ、「イエス」と聞き間違えたか?」


「そんなことはない!証人はたくさんいる、彼は間違いなく自白した」


やはり予感は当たっていました。彼らは逮捕すると脅してその場でいくらかの金をせしめる詐欺師だったようです。
もし、逮捕して何年もかけて保証金を取る大掛かりな詐欺師ならさっさと身柄を確保して警察署に連れて行くでしょう。
私が戻ってくるまで何も進展は無いことはラッキーな事でした。




「じゃ、聞くが被害届は何処にある?ペラッペラの紙でもいいから出してみろ」



「今は持っていない。署にに帰ってから正式な書類を作るつもりだ」

通常、すぐに身柄を確保するなら簡易的でも逮捕状らしきものを持参するはずです。きっと警察官は休みの日にでもアルバイトで男に誘われただけだと確信しました。


「なら、今は容疑も何も無いって事だな、逮捕状もない人間を逮捕したら違法逮捕だ、マニラのNBIに訴えるぞ」



「う・・・・・」

警察官も本物であろうと、所詮詐欺の片棒を担がされただけでした。こちらの攻め立てに簡単に目が泳ぎ始めました。


「それじゃ、コンプレインを出した男と直接話がしたい、あんたはもう帰ってくれ」


少女の叔父と名乗る男性、今回の事件の首謀者です。警察官はまるで自分の役目が終わったかのように出口を見ていました。


その中年男に「もちろん分かってるよな?」という雰囲気を含み目で相槌を打ちました。


眼光鋭い中年男もここが落としどころだろうと感じていたはずです。顔は笑いながらでも目だけは鋭いままこちらに正面を向きなおしました。


「立ち話もなんだろうから、そこのコーヒーショップで他の人たちは抜きで話をしよう」


アロハ君と私、そして叔父といわれるフィリピン人がホテルのコーヒーショップで話をする事となりました。身長は低いが、それなりの修羅場はくぐってきたのでしょう。落ち着きはなった態度はまだまだ二重三重の手の内があるように思えました。


「さて、あなたの立場も分かっているつもりだ、単調直入に言おう」





「示談出来ないか?」


男は少し笑いなら背もたれに背中を移し


「それは無理だ、この日本人は悪い日本人だ、捕まえて無期懲役にしてやる」


「ここで手を打たなければ今度はこちらがツーリストポリスにコンプレインを出す番だ。逮捕状も無い人間を逮捕しようなんてそちらも違法な事をしているじゃないか?そうなればそちらだってタダではすまない。きっと裁判になるぞ」


「長い裁判でも徹底的に闘ってやる」


相変わらず男は胸の前で腕組みしながらソファーにどっかと座り込んでいました。このまま長期戦も覚悟したようなそぶりでした。


「それでも良いなら話はこれで終わりだ。私も忙しい。後はホテルの専属弁護士に出てもらって話しをするけど、それでも良いか?」


男は腕組みは変えずに眉毛だけを少し動かしたまま返事をせずにおりました。


「これだけの手馴れた事件だ、過去にもこのホテルにレポートが残っているはずだ。そうなればそっちが不利になる事じゃないか?」


これ以上話を長引かせても堂々巡りになるだけでした。落ち着きはなった男の目は決して妥協しない雰囲気が漂っていました。ただ、相手も長期戦は望んでいないだろうと予想はしていました。


「わかった、それじゃ2年でも3年でも長い間やってくれ」


しびれを切らしたように席を立ち、フロントに向かって大きな声で叫びました。


「ホテル専属の弁護士を呼んでくれ、この男と裁判をする」


先ほどまでソファーに深く腰掛けていた男の上半身が急に跳ね上がり、驚いたようにこちらを向きなおしました。




「わ、わかった。金額次第だ」


これで突破口はつかめたと思いました。しかし、問題はその金額です。きっと男は安い金額だと再度コンプレインを出し、もっと絞り上げようとするでしょう。
空港に出国差し止めのブラックリストを出せば簡単にアロハ君を引き止める事は可能でしょう。本物の警察官の権力は簡単に一般人の一生をも奪う力を持っています。


アロハ君、話の内容は英語が分からなくても理解できるね?君のやったことは決してフィリピンでは許されないことです。警察官がいうように一生刑務所で過ごさなければならなくなるかも知れない。詐欺とか詐欺じゃないとかそれ以前の問題なんだ。


「わ、わかります。すみませんでした」


「だったら自分の過ちにけりを付けてほしい。示談で話をまとめるけどいいかい?」


少し落ち着きを取り戻したとはいえ、アロハ君の顔はまだまだ生気がなく小刻みに震えていました。


「それはもう、ところでおいくらお支払いすれば」


「やったことがやったことだけに・・・100万円くらいは覚悟して欲しい」


「ひゃ?100万円?ですか?」


「そんなお金は用意できません」

もちろん、そんな大金は用意できないことはわかっています。しかし、今回はゆっくりと交渉している時間はありません。

アロハ君には申し訳ありませんでしたが、フィリピンは安い国と理解されていて、示談金もまずは一万円からスタートと言いかねない状況だったため、最初に高い金額を吹っかけて一気に金額を落とす商社のテクニックのひとつを使わせて頂きました。



「だったらいくらなら用意できる?このまま行くと無期懲役、一生の事だと考えてほしい」


「20万円くらいなら・・・」

「わかった、それなら15万円くらいで話をしてみるけどそれなら出せるかな?」

「それくらいなら何とかなると思います」

警察官や少女に分け前を渡し、経費を払っても手元に10万円は入る。決して悪くない数字だと思いました。これが通らなければ自分の算段が悪い証拠。この先の交渉でも苦労するでしょう。

「OK!私も忙しい、あなたも忙しい。一発勝負の示談金だ!これ以上望むなら裁判で決着を付けよう」

益々眼光鋭くなる叔父、やはり男も緊張しているようでした。


「15万円でどうだ?」



男の目が少しだけ上を向いた。きっと5万円~10万円くらいの予想だったと思います。それを遥かにしのぐ金額に冷静さを保ってられないといった状況と判断しました。



「・・・OK!」


少し間をおきましたが、男の目から先ほどの鋭さは消えたとき、この一連の騒動は終わりを見せました。


「良かった、交渉成立、日本に帰れますよ」


男の気が変わらないうちにさっさと終わらせましょう。二度とコンプレインは起こさないと警察官との連名で確認書にサインをさせて交渉成立です。


「あっ、ありがとうございます。すぐにお金持ってきます。手持ちが無いので仲間からお金を借りてきます。」


「金の用意をしてくるのでその間に誓約書を書いてくれ。」とA4のバインダーノートを一枚とり彼らにサイン入りの「二度と被害届は出しません」と、一筆もらいました。


時間を気にしながら私の様子を伺っていた運転手に親指を上げて再度空港に向けて出発の準備をさせました。


警察官と泣き叫ぶ日本人、ただならぬ雰囲気があったホテルのロビーも普段の落ち着きを取り戻しつつありました。



「ひろしに15万貸してくれと泣きつかれたけど、そんな金払わないぞ」


しかし、アロハ君と一緒に現れた一人の日本人の一言でそんな雰囲気を一気にかき消されました。


彼らと一緒に同行していた商工会のメンバーの中核にあたる年齢の50歳くらい、以前は青年部長をしていたそうです。青年部を引退した後でもみなに「部長」と呼ばれていました。

センスのよい白い麻のジャケットを着て落ち着きがある風貌でしたが、若い頃は生徒会長というより近所のガキ大将だったというイメージを強く残す人でした。


「ひろし(アロハ君)は無実だと言ってるぞ、そんな金払う必要あるのかな?」


まさに9回裏ツーアウト、ランナーなし。多少ヒットは打たれましたが、ここまで0点に抑えて来たピッチャーにいきなり交代の指令を出されたような気持ちでした。

この、部長の一言で事態は悪化の一途を辿る予感はしていました・・・

続く・・・



 

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フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅢ

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