①マグロ詐欺を繰り返していた詐欺師集団と戦った話
「会長、会社の弁護士さんがいらっしゃるでしょ、そちらに相談したらいかがですか?」
「会社の弁護士はあてにならん、まったく受ける気は無いようだ。あきらめなさいとの一点張りだ」
そりゃ、そうでしょう!
会長からの電話は仕事中は勿論、朝早くから夜遅くまで遠慮なく鳴り続けました。そりゃ、向こうは暇人。朝となく昼となく思い立ったらすぐに電話をしてきます。
特に夜にお酒が入った後にかかる電話はろれつが回らず時に二時間を超えるようになりました。
俺は寂しい老人を慰めるテレクラ嬢か・・・
まるでストーカーのような電話はエスカレートし、一度電話に出ないと二度、三度とこちらが出るまでリダイアルを続けるので打ち合わせなど一時間電話に出られないとあっという間に30件の履歴が「会長」で埋まってしまい、業務にも支障をきたすようになりました。
そんな会長を疎ましく思い「今後、仕事中は電話をかけないように」と、お願いをしました。
それと、会長一人では詐欺師集団に太刀打ちできないので、誰か弁護士さんなり付いてもらった方がいいですよ。と、助言をしました。
少しきつめに言ったのでその日から会長からの電話は無くなりました。しかしその二日後、会長がある一人の男を連れて会社を訪れました。
名前は菊池さん、会長が務める和菓子工場の営業部取締役と肩書の入った名刺を渡されました。
年は40代、一流大学を卒業し、大手銀行を経て会長の和菓子工場に就職したそうです。銀ブチメガネでいかにも堅物そうな物腰でしゃべる印象を持つ人でした。
さすが大手銀行出身のキレモノらしく、私が出した解決策を把握している様子でした。
エリート育ちの自信がそうさせたのでしょうか、完全に一歩上から人を見下している。
融通の利かなさそうな雰囲気を持つ笑い方が気になる人でした。
「今後は菊池に任せたから、ナベちゃんと二人で連絡を取り合いながらうまくやってよ」
「会長!私、関係ありませんから、巻き込まないでください」
そんなやり取りはありましたが、「これでやっと会長から解放される」という安堵感がこみあげてきました。ここで話をこじらさないように菊池さんにすべてのイニシアチブを握ってもらえるように静かに静かに話をしました。
これで静かになった・・・
それからしばらく経ったある日、久々に会長から電話がありました。
「ナベチャン、今度の三連休どうしてる?」
「いえ、特に予定はありませんが?」
「だったら船を見に行こうよ、マニラへ・・・」
あれから菊池さんとはたまに書類の事で連絡がありましたが、特にこれといった問題は無く淡々と書類をまとめていました。
書類がすべて整ったのでマニラに皆を集めて契約書にサインをもらうとの事。その立会人としてマニラに一緒に行ってほしいとの事でした。
書類は菊池さんがしっかりやってくれていたので問題は無い。今回、私は見てるだけで済みそうだなと思い。
「会長!当然、ビジネスクラスですよね」
と、軽い気持ちで返事をしました。
JALマニラ行の午前便は意外と空いていました。「はい、これチケット」と渡された席はまさしくビジネスクラス。
「私たちは席が取れなかったので、こちらで」とエコノミー席に移動する会長と菊池さん。
「ちょっと、待ってください。みんなでビジネスだと思っていました。私ひとりじゃ心細いので会長がこちらの席をお使いください。私は菊池さんと打ち合わせをしながら移動しますので・・」
飛行機の座席といい、考えれば何か違和感がありました。
会長が私の会社を訪れた時からその違和感はありました。マニラまでの機中、菊池さんは「自分の命に変えてでもこのビジネスを精算させなければ」と悲壮感があります。
「菊池さん、一つだけ約束してください。無茶をすると簡単に命を狙われる国です。どうか日本流の考えは捨ててください」
ずい分お酒に弱くなったという会長でしたが、マニラの空港に着いた会長の顔はとても緊張していました。あれほど飛行機の中でお酒を飲んでいたのに・・・
空港にはすでに出迎えが来ていました。
マグロを買い取るといった日本の会社の社長、そして船を所有しフィリピンで加工工場を持っているというフィリピン在住の日本人経営者。
そして一年間給料だけもらってマグロを一本も獲らない船頭。
まだ疑いを持たず、金ずるがねぎを背負って現れたと信じている様子。満面の笑みでこちらを見ています。
これから三日間、見守るだけでよさそうだとの甘い考えを反省し、どうやって奴らを料理してやろうかとふつふつと何か湧き出す物を感じながら彼らの用意した車に乗り込みました。
続く・・・
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