【ファイナル】セットアップにかかった日本人の救出作戦

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前話: ②セットアップにかかった日本人の救出作戦

ゲンさんがサインした供述書と私が用意した白い紙を見比べてみればその文字画は明らかに違ったものでした。なにせ、私が用意した白い紙に書いたのはゲンさんの本名では無く、私の名前だったからです。




両方の紙を持ち上げ警察官に高らかに「ねつ造」宣言をした私、奇を狙った作戦は相手に効果があるな先制パンチを放ったことには間違いありませんでした。次第に警察官の顔が赤くなり明らかに動揺しているようでした。


しかしながら、サインしたのは事実、交渉のイニシアチブはまだまだ相手有利な状況でした。



「嘘をつくな!こっちはみんなが見ている前でサインしたんだぞ!」




「嘘ではありません。こちらが正しいサインだと云っています。なんならパスポートでもなんでも確認すればいいでしょう?」




「ようし、分った、こちらのサインが本物か偽物か明日の朝裁判所にこの書類を持ち込んでやる」




「どうぞ、ご自由に。その代り、そちらも不当に日本人を逮捕拘留した罪で訴えを起こすつもりです。お互いの意見がすれ違うなら司法の場で戦いましょう。私もマニラに駐在していますので、いくら時間がかかっても構いません。とことんやりましょう。」




できれば今夜中の解決を望んでいましたが、やはり先方はサインをとった供述書を盾に交渉を有利な方向へと進めてくれません。今やる事、出来ることを組み立てながら交渉を再開します。




「まずは、暴力を受けたという子供たちと話は出来ますか?」




「あぁ、あそこにいる子らだろ、保護者はカンカンだ、相手を死刑にしてほしいと云っている」




年は5~6歳くらいでしょう、裸足でとても痩せている子供たちが3人立っていました。その親としている大人はいかに子供たちがこの日本人にひどい事されたと涙ながらに訴えています。子供をこんな時間まで外に置いていく方が親としてどうなんだろうとは思いましたが、そこは交渉事とは無関係です。相手の自尊心を傷つけないように静かに事を進めなくてはなりません。




「お父さん、状況は分りました、どうでしょう?この子供たちの将来の為に投資をさせてくれませんか?」




「投資?というと?」




「はい、実はゲン氏は独身でまだ子供がいません。日本の親は子供たちと「スモウ」という遊びをします。海外の人から見れば子供たちを虐待しているように見えますが、それは違います。子供たちも喜んでいます。ゲン氏はフィリピンの小さな子供たちにスモウを教えてあげようと思ったのでしょう。


「ゲン氏はこの子たちが可愛くてしょうがないと云っています。」


「どうでしょう?この子たちの成長を少し手伝わせてもらえませんか?」




少し無理がありましたが、まずは一番崩しやすい相手との交渉を最優先にし、突破口が開けるように落としどころを探ります。



そして、親の肩を抱きながら部屋の隅へ移動し小声でささやきました。



「ここに日本円で30万円入っています。これでゲン氏は子供たちにスモウを教えていたと解釈して頂けませんか?」




私が胸のポケットから出した白い封筒には彼らの3年分の稼ぎに相当するお金が入っています。不利な交渉を覆すには金額を擦り合わせるのでは無く、相手の想像をはるかに超える額を提示することでイニシアチブをこちらへと引き寄せる効果がありました。



親はちらっと、警察官と目を合わせましたが手はすでに私の差し出した封筒へと伸びていました。示談が成立した瞬間でした。




「さっ、ゲンさん、問題は解決致しました。ホテルに帰りましょう」




ゲンさんの肩を叩き、席を立つように促しかけた時、まだ、納得がいかないと警察官に呼び止められました。




「もう問題は済んだはずです。示談成立、というより最初から何も無かったで両親は納めてくれました。」




「いや、それとこれとは話は別だ、この日本人は供述書にサインをしているんだ、朝にこの供述書を裁判所に持ち込めば日本人の罪は確定だ!一生刑務所暮らしにしてやる!」




「だったら司法の場でサインについて争えば良い事でしょう。そもそも親とはすでに和解をしているので供述書事体失効しているはず」




「いや、この日本人はまたいつか悪さをするかわからない。釈放するには保釈金が必要だ。」




警察官もいともたやすく30万円のお金を出したのでまだまだ絞り込めると思ったのでしょう、急に保釈金を請求してきました。




「保釈金?」




「そうだ、日本円で100万円必要だ、その保釈金と引き換えに日本人の釈放を許そう」




「100万円なんて無茶な?そもそも事件は無かったはずです」




「ならその日本人を拘留したまま裁判だ!」




「わかりました。それでは私もあなたたちを相手に訴えを起こします。それでもいいんですね」

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