ジャッキー・チェン、英検1級、京大、阪大医、名大医

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ジャッキー・チェン、英検1級、京大、阪大医、名大医。

1980年のことだったと思う。まだジャッキー・チェンさんがそれほど大物になっていない頃で、初来日だったかもしれない。彼は通訳をつれて当時の人気番組であった「TVジョッキー」に出演した。ちょっとした縁で、私は彼の引き立て役のような役回りで出演させてもらった。

  田舎者の私は上京してTV局を訪れても、右も左も分からずキョロキョロしながら案内されたスタジオに向かった。すると、一人の男とすれ違った

「ハロー」

 と言ったので、

「変な日本人だなぁ」

 と思ったら、それがジャッキー・チェンさんだった。

ジャッキー・チェンと「TVジョッキー」で共演しました。↓

(7000回再生)https://youtu.be/sMdPLgzTjeQ  

  さて「TVジョッキー」ジャッキー最後の出演コーナーですが、私はこのシーンが今回のジャッキー「TVジョッキー」出演における最も貴重かつ興奮したシーンでした。まずはいきなり『燃えよドラゴン』のテーマ曲に乗ってブルース・リーことリーさんの物真似男性(恐らくは一般のファンの人でしょうけど、このちょっと中村頼永さん似のリーさん信者の詳細情報求む!)がスタジオに登場!
それにしても、この中々気合いの入ったリーさん信者の物真似アクションを傍らでジャッキー・チェン本人が見ている!これは相当凄いシチュエーションです!!
そしてリーさん物真似男性が自分のパフォーマンスをヌンチャクならぬホース・ヌンチャク(爆笑!)で締めてくれた後、またも土居さんの掛け声でいよいよジャッキーが演武を披露する時がやって来ます!(拍手)。
 出典 ↓http://blog.goo.ne.jp/dragonfever1127/e/1d6bbb638b3b47a64308eabda348c6ee?st=0#comment-form

もう30年以上も前の話だ。1982年に、私はアメリカのユタ州ローガンで中学教師をしていた。11月に入ると町中がクリスマス一色になり、ネオンで飾られた。ある日、子煩悩の理科教師アランがアジア人むけの支部教会に私を一緒に連れて行ってやろうということになった。

  彼にはベッキーという小学四年生の娘さんがいて、母親が先に教会に行っているとのことだった。アランは

「これはベッキーへのプレゼントなんだ」

 と嬉しそうに話していた。裕福な家庭ではなかったのでささやかなプレゼントだったが、赤いリボンで飾ってあったのを覚えている。雪が降っていた。教会についてパーティ会場に入るとアジア人の家族が数組みえた。その服装から遠くからでもアメリカ人でないことが分かるのだ。

  私は当時、ローガン中学校の難民クラスで英語を教えており金髪娘と知り合うのであろうと思っていたら体臭のきついベトナムやカンボジアの生徒たちになつかれてしまいガッカリしていたものだ。彼らは見るからに貧しい服装をしていた。アメリカ人の中学生たちは

「あいつら、臭い!」

 と私にこぼしていた。

  母親と一緒にいたベッキーはアランと私を見つけると笑顔で近寄ってきた。とても可愛い子だった。そして、すぐにプレゼントに気づいたようだった。ところが、アランは奥さんとベッキーの隣にいたアジア人の家族の方を見ていた。父親と母親と小さな女の子がいた。

  そして、その小さな子に近づくと

「これ、さっきサンタさんにもらったよ。キミにだって」

 と言って用意してあったプレゼントを渡してしまった。少女の父親は驚いて、困った顔をした。母親も黙って見ていた。私がベッキーが怒ってしまうと思い、ハラハラして横に立っていた。

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