2冊のビジネス書が出版され、増刷されるまでの物語 vol.01「出会う」

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01

2006年冬。
青年は途方に暮れていた。
なぜなら、青年に対して「じゃあ、ちょっと世界一周してくるわ」と言い残して旅立った、同期の内定者M君が抱えていた宿題を自身が担当することになったからだ。
その宿題とは、新卒人事採用担当―つまり、まだ内定者にも関わらず、アルバイトとして内定を貰った企業に勤め、そこで人事採用として自分の次の代の内定者を見つけよ、というミッションだった。
青年が言い出したことでは無かった。その同期が、社長に向けて、そうした仕事をさせて欲しいと熱いメールを送り、社長がその期待に応え、そうした仕事を与えたのだ。青年自身はメールのCCに入っていたぐらいで、自分も何か協力できることがあれば手伝おうと思っていた程度でしかない。
ちょうど併行して進めていた卒業論文にどちらかと言えば青年は注力したかった。「特別会計改革」という誰も見向きもしていない行政改革をすれば、国のカタチが根本的に変わることに気付き、おみゃあおみゃあと名古屋弁を連呼する野党の政治家の政策秘書と連携しながら、卒業論文を書き上げるつもりだった。その内容が良ければ、野党の事務員として採用したい―という話もあった。
だから、その「宿題」を一緒に解決しようと4人の内定者が集まっても、あくまで後方支援のつもりだった―M君が「あ、俺、世界一周せなあかんから後はよろしく」と言い出すまでは。
乗るなら飲むな。飲むなら乗るな。青年にとっての鉄則だった。呆れると同時に、何を言っているのだコイツはと躊躇いさえ感じた。
しかしバスは走り始めていた。内定者を入れても20人にも満たないIT系ベンチャー企業だ。新卒人事採用は君らに任せたという言葉も社長から貰った。猫の手も借りたいぐらい忙しいはずだ。恐らく本気で任せるつもりだろう。
期待は裏切れない。やらなければいけない。使命感では無い。責任感である。
青年は、自身のことを0から1にするのは苦手だが、1から100にするのは得意だとも思っていた。きっと自分だったら、このような機会自体も作れなかっただろう。だから、このバトンをしっかりと受け継ごう。青年は自らにそう言い聞かせて、全く名前の知られていないベンチャー企業の新卒人事採用担当として動くことにした。
2006年の冬というのは、あらゆるベンチャー企業にとって冬の時代だった。その年の初めに起きたライブドア事件により、「ベンチャー」という言葉が持つ既存勢力を叩き壊す爆発力は地に落ちていたように青年には思えた。むしろ、いかがわしく、胡散臭く、適当で、中途半端な存在にすら堕ちているように青年には思えた。
だから、ナビ系で会社紹介をするにあたっても、ベンチャーであることを強く訴えるより、企業理念を前面に押し出した。つまり、「どんな仕事をしているか?」よりも「なぜ、その仕事をしなければいけないか?」という視点を全面的に押し出すようにした。ましてや「仲が良い」という空虚な言葉は絶対に入れないよう心掛けた。どれほど仲が良くても、景気が悪くなり、資金繰りが悪化してしまえば、それは瞬く間に消え去ることを幼少期に実感していた。
ベンチャー企業ばかりが集まるイベントがあるらしいと聞けば、それに出向いた。そして、必死に企業名を連呼した。その頃の青年は学生団体という言葉を知らなかったし、そうした団体が就職支援という名の自己満足をしていることも知らなかった。ただ、自分が来年の4月から就職する会社は、業態がBtoBだっただけに関西でも圧倒的に知名度が低く、そして名前も知られていない企業に多くの学生が見向きもしないことを青年は知っていた。というか、身を持って体験した。青年の話に耳を傾けてくれるのは、せいぜい大学の就職課ぐらいだったが、それでも一定レベル以上の大学であれば門前払いを何度も喰らった。
これはマズい。本気でヤバい。説明会をしても足を運んでくれる学生はこのままだといないかもしれない。青年にとて眠れない日々が続いた。
それだけでなく、芥川龍之介ではないが、「将来に対する唯ぼんやりした不安」を何故か急に抱き始めた。このままでいいのか、ではどうすればいいのか。
解らなかった。何が解らないのか解らないのだ。間違っているのか正しいのか、方向性が合っているのか違うのか。それは与えられた仕事だけでなく、人生そのものだと青年は感じた。
羅針盤も海図も無く、急に航海に出たような感覚を持ち、青年は日に日に吐き気すら催すようになった。もともとプレッシャーには弱いのだ。
そんあある日、ある一人のゼミの後輩が思い浮かんだ。
思い浮かんだその姿は、ゼミ合宿の2日目の朝、新聞の一面を熱心に書き写している後姿だ。
青年はそれを見て「なんでそんなことをしてるの?」と聞いた。
「自分にとって気になる記事を書き写して記録しておきたいから」と後輩は自慢げに言った。それは新聞を読んでいることが偉いかのような口ぶりだった。
「そんなの、Webにアップされているんだから、それを保存するか、図書館に行って記事を印刷しておけよ」と青年が言うと、後輩は褒められなかったことが不満なのか、「でも、それじゃあ頭に入らない」と言った。
般若心経ですら頭に入るのに何千回と書かないといけないのに、どうしてたった一回書き写したぐらいで頭に入るというのか。
青年は、新聞の一面に書かれた「イスラエル、レバノン空爆」という文字を指さし、「なんでイスラエルがレバノンを空爆する必要があるの?」と聞いた。後輩は、何かを言おうとしたが、言葉が出ず、あーうーと唸っている。お前は大平正芳かと心の中でつっこみ、立て続けに「宗教間対立が原因じゃなかった?」「パックス・シリアナが無い今、逆にイスラエルが平和をもたらすという可能性は?」「イラクで弾劾されているのはイスラム教シーア派だったけ?」と聞いてみた。
後輩は何も答えられなかった。今にして思えば、質問に応えられないと、勝手に強制終了して脳味噌をシャットダウンする癖の持ち主なだけに、後輩はそれをしたに過ぎないのだが、そのことを僕はまだ知らなかったので「お前のしていることは新聞を見ているだけや。読んでないやん。読めない人間が書き写しても意味なんか無いわ。ボールペン字講座受けたほうが、文字が綺麗になる分だけよっぽどマシや!」と止めを刺してしまった。
強制終了されてしまった後輩を見て、さすがに言い過ぎたと後悔した青年は、フォローをするつもりで「なんで、こんなことしてるんさ?」と聞いた。後輩は「みどり勉強会という10人くらいの学生が集まる勉強会があって、そこに来る先生が、やれって……」と言った。
青年は「その先生って、そんなに凄いの?」と聞いた。後輩は「はい、それは、もう……本当に。何でも知っています」と答えた。大学の教授なんて所詮は世間知らずで卓上の経験しか無いんじゃない?と嫌味を言うと、「もともとは企業経営もしていたし、教え子には起業家や大企業の課長や教師など色んな人がいてる」と後輩は言った。
まるで自分がそうしたメンバーの一員かのような顔ぶりだったので、すかさず「お前はそこに並ばん」と言い返した。
―青年は、その情景を思い出し、後輩に直ぐにメールを送った。前に言っていた、みどり勉強会の先生に会いたい、と。
藁にもすがる思いだった。そんなに凄いなら、今の状態を見て貰えれば、何かアドバイスを貰えるかもしれない。せめてダメでも、その先生繋がりで、就職課を紹介して貰えれば、それでいい。
青年は、自分の母校にも関わらず、就職課から門前払いを喰らっていた。
さっそく、その後輩から返信があった。毎週火曜日に勉強会があるので、そこに来て下さいと言う。場所は、龍谷大学前の喫茶みどり。京阪深草駅前にある、あの「巡礼所」―。
そしてすぐさま、だからみどり勉強会と言うのだ、と気付いた。

02

火曜日。
後輩と駅の改札で落ち合った。さっそく連れて行って貰えるのかと思いきや、後輩は先生を待たなければならないと言った。
ものの10分ぐらいで、その先生はやってきた。白髪で、腹周りが大きく、のっそのっそと歩くその姿は、まるで自分の思い描く「何でも知っている人」とかけ離れていた。
せいぜいが大臣に1回なれるか、なれないか程度の政治家のような風貌。それが先生の第一印象だ。
「先生、お疲れ様です!」
後輩が今まで聞いたことの無いような大声で、その先生に90度のお辞儀をしてみせた。先生はそれを無視して、さらに後輩の前すら素通りしていく。
後輩は慌てて、その先生の後を追いかけて行く。呆気に取られた僕はさらに後輩の後を追いかけて行く。
「先生、今日は新しい人を連れてきました!」
後輩がそう言うと、青年はとりあえず今までしたことの無い笑みを浮かべて「こんにちは」と挨拶をした。しかし、先生は一瞥をしたぐらいで何も言い返してこない。
何なんだ、この人は。戸惑いと、この人経由で就職課まで辿り着けるか不安になると、それを察知したのか、後輩が「この人は……」とフォローを入れ始めた。
「あの、夏のゼミ合宿で、僕に新聞を書くなと言った人なんです」
おい、なぜよりによって、その紹介なんだ。青年が後輩の後頭部をグーで殴りたい衝動に駆られた瞬間、先生は始めて立ち止った。そして、僕を一瞥し、「君か」とだけ言った。
その鋭い眼光に、全てを見抜かれるような恐怖心を抱き、思わず目線を反らすと「今日は宜しくお願いします!」と大声で挨拶し、頭を下げた。
「勉強会始まってるから急がないかん。挨拶は後でええ」
先生はそう言うと、また歩き始めた。そうか、だから急いでいるのか。じゃあ、走れよ。いや、走れないのか―。青年が色々と考えていると、喫茶みどりの前に着いた。
今まで中に入ったことは無かった。純喫茶のようで、古めかしい昭和の雰囲気が、なかなか中に入る勇気を持てなかった理由だった。まさか4回生の卒業間際になって、こういう機会に巡り合えるとは。青年がそんなことを考えていると、先生は喫茶店のドアを開けて、中に入っていった。
喫茶店の中には、マスターと思われる老紳士が一人いるだけだった。10人くらいの学生が集まる勉強会では無かったのか。まさか騙されたのか。このまま、この先生に壺を買わされてしまうのか。それとも、変な信仰宗教を勧誘されてしまうのか。一瞬そう思った青年だったが、先生は歩く速度を遅める事無く、奥に続くドアを開けた。
そこには、庭と、トイレと、離れがあった。その離れには会議スペースがあり、大きな机が1つ、そして10人ぐらいの男女の姿があった。全員と目が合う。どうやら全員が学生のようだ。
「勉強会は、あの離れでやってます」
後ろにいた後輩が耳元で囁いた。それを早く言いなさい、と青年は今度こそ、後輩の後頭部をパーで叩いた。

03

「君の言ってることは解った。それで君はいつ転職するんや?」
初対面の10人の大学生を前に、いきなり後輩から「今日は先輩が相談事があるので」と話題を振られ、こういうときは一か八か懐に飛び込むしかないと吹っ切れた青年は、抱えている悩みを一通り口にした。
そしてその後、先生が切り出した言葉に、僕はポカンとした。

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