リアルな「ガウディ計画」の話 〜怒涛の人体実験〜

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前編: リアルな「ガウディ計画」の話 〜動物実験と学会発表編〜
後編: リアルな「ガウディ計画」の話 〜終わりなき人体実験〜

今回のお話は読む人が読むと『それって本当に良いの?』というご意見が出てくる内容になります。当時それに関わっていた者全員その事を承知した上で、20年ちょっと前であればギリギリ法律の問題もクリアして進める事ができるという事で進めた話です。その事をご理解の上お読み頂ければと思います。


 前回の学会発表で散々な目になった我々ですが、実は学会発表と同時進行でとある事も実施していました。それは厚生省の認可を受けていない未承認医療器具を実際の患者さんに使用するというものです。


 まずこの根拠となるデータですが、

1:当時日本で使用されていた私たちが開発した医療器具と似た製品の動物実験のデータと我々の動物実験のデータを比較した際に、明らかに我々のデータの方が結果が良かった事

2:病理標本(実験に使用した動物の細胞を取り出し、炎症反応や拒絶反応を示す形跡がないかどうか確認する事)のデータを見ても、生体(動物)に対して有害であるという結果が得られていない事

3:実験に使用していた動物が、人体よりも過敏に反応すると言われている(そういう学術論文が発表されていました)動物であった事から、人体で使用してもリスクが少ないと考えられる


 以上の点から、人体への使用に踏み切ろうという話が出てきました。


 開発者としては、この状態は非常に喜ばしい状態です。なんせ『世界初の人体での成功!!』という称号を得る事ができる大チャンスなんですから。

 でも、倫理的な事を考えるとどうしても喜べません。なんせ厚生省の承認もなく、ちゃんとした生産工場で作っているわけではなく、何よりもほぼ私がハンドメイドで作成をしている製品、、、。信用しろと言われても「信用できるか!!」という気分でいっぱいでした。

(ちなみにこのころの私の口癖は、「もしこの製品がちゃんとした製造メーカーから販売されて厚生省の認可を得たとしても、自分の家族には絶対使わせない!!」でした。自分が一番信用していない製品を赤の他人の患者さんに使用しようとするんですから『極悪人』ですよね)


 そんな私の悩みなんかゴミ、チリのごとく吹き飛ばされ、お医者さんからは病院内の倫理委員会で開発品の説明をするための資料作成を手伝うように言われ、いろいろな評価実験データ、写真、過去から今までの動物実験の資料などを準備する日々が続きました。


 病院内で開催された倫理委員会の開催日時、議論された内容などに関しては私は一切聞かされていなかったので、どんな話し合いが行われたのか全くわかりませんが、ある日社長より

社長
人体実験を実施する事が決まったから、それに向けて準備を開始するように。

という指示で、『あぁ、病院内での倫理委員会が実施されて承認されたんだ、ついに始まるんだ』という、嬉しいとも不安ともつかないなんとも微妙な気分になったのでした。ちなみに、これがその後かなり長く続く人体実験の記念すべきスタートの日となります。


 この時社長と私は事の重大さは十分理解していたんですが、お医者さんの考えと自分たちの考えに開きがある事を認識していませんでした。というのも、人体実験開始の指示を受けた後日お医者さんと詳細に関して打ち合わせをするという事で病院に訪問した時の話になります。

 道すがら社長と話をしていたのは、人体実験は多分3〜5症例くらいであろうという事でした。これは1症例だと「たまたま上手くいっただけではないのか?」と実験結果を軽視される可能性がある事から、「3〜5症例実施しても良好な結果が得られる、だから私たちが開発した製品は人体に対して有効なんだ」という結論付け易くするために、これくらいは実施するであろうと考えていたんです。つまり短期間勝負だろうと、、、。

でも実際には、、、

社長
先生、何症例くらい人体に使用するんですか?
お医者さん
15症例を3ヶ月くらいかけて使用する予定だよ。
、、、、、、、、
社長
、、、それって多くないですか?3〜5症例くらいでいいのでは?
お医者さん
それじゃ少ないよ、15症例あれば統計学的に見ても有効性を証明する事が可能なので、論文にも使用できる15症例を実施しする事で倫理委員会に話を通してあるから。
社長
、、、、、、
、、、、、、(心の中で泣)

そこから、お医者さんと社長の間でいろいろな細かな話が打ち合わされていたんですが、あまり覚えてないです。大人の会話をしている二人の横で私は、『あぁ〜15症例、しかも3ヶ月、どうやって準備しよう、、、。というかそれだけ使うと失敗する事があるんじゃないの??本当にやるの??』という事ばかり考えており、特に私が聞いている必要がなかった話題であるという事もあり、自分の世界に慕っておりました。


 帰りの車の中で社長からは

社長
決まった事は仕方がない、君は自信を持って完璧な製品を先生に届けるようにする事を第一に考えてくれ。
がんばろう。

と言われましたが、「そもそも自分が作ったものに自信を持っていないし、頑張ろうって言われても作るのは私だけじゃん!!」と、結構やさぐれていました。


 と言っても、時間と患者さんは待ってくれないので、動物実験の時にお医者さんが使い難いと思った部分の改良、改良したものを動物で試す時間はなかったので、人体模型を作って擬似環境でテストをしてみたり、お医者さんに見てもらい評価をして頂いたりと可能な限りの悪あがきを実施しました。


 そしてもついに人体に使用する日がきました。

 人体に使用する日は事前にお医者さんから知らせて頂いていたので、その日に間に合うように製品を組み付け、もしもトラブルがあった場合を考えて複数個の準備をし、自分の中で起こり得るトラブルを思い描いては、その場合に起こった現象をどの様にお医者さんに説明をすれば良いのか?考えられる対処方法をどう説明するか?と言った事を考えながら当日までの緊張した日々を過ごしました。

 人体実験当日の朝、私が住んでいたアパートの近くに神社があり、偶然にもその神社に会社が奉納提灯を祀っていた事、さらに代替わりしていましたが先代の宮司が母方の親戚筋あたる方だった事がわかり(残念ながら当代の宮司さんは先代の養子の方でしたが)、人体実験の成功を祈って祈願に行く事にしました。とにかく、

「これから長くても3ヶ月間、ちょっとしたトラブルは仕方がないにしても患者さんが亡くなる様な事がない様にお願いします」

と、この日から実験終了日までここ神社へ毎朝参拝する事にしました。もうこの時にはすがれるものであれば何にでもすがってやる!という気持ちでいっぱいで、とにかく自分の不安な気持ちを何とかしたくて必死でした。


 オペの実施は午後から、そして会社の営業マン数名が駆り出されて病院関係者以外がオペ室に近づけないように完全に部外者をシャットアウト。これはこれで後々他社の営業の方に色々言われる事になるのですが、とにかくこの時は「もし失敗したら患者さんが亡くなる事はもちろん、病院やお医者さんのも無傷で終わる事はない」という判断から、物々しい状況で実験を実施する様にしました。

 また、通常であればオペ室は3つあり、常に2部屋から3部屋は手術が行われているんですが、この時ばかりは他のオペ室も緊急対応以外は使用を控え、病院のお医者さん、看護婦さんその他のスタッフの方も何かあればすぐに対応できる様にするためにスタンバイしているという物々しい状況下でオペは実施されました。私は開発者として、何かあった時の助言ができる様にと術中に起こった事をすべて記録したいという事でオペ室に入らせていただき、手術の開始前から最後までをすべて見させて頂きました。


 オペに立ち会っていた感想ですが、正直眼の前で繰り広げられている事が実際の事の様には思えずに、何かの映画を見ている様な感じ、その場に立ち会っているのにどこか第3者的な感じがして、他のお医者さんや看護婦さんたちがすごい緊張感の中で手術をしているのを別世界の事の様に感じ、不思議とオペ開始前の緊張していた状況が全くなかった事を今でもはっきりと覚えています。

みんなの読んで良かった!