年齢関係なく『旅』ができる。

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海外への憧れとは
誰にでもあると思う。
僕は2015年の10月に
海外へ旅に出た。
東南アジア 訪れた国は7カ国。
理由は単純で友人が世界1周に
行っていて影響を受けた。
それだけのこと。
友人が国毎にフェイスブックを
更新していて、僕は更新されるたびに
アップされる画像を見ていた。
いつしか、写真がアップされるのが
楽しみになり、僕も行こう。
そう思う様になった。
友人が帰国したのは2015年5月の下旬。
会うのが凄い楽しみで旅の事。
国の事。日本の事。
その旅がきっかけで何を得て、
これから先にどう役立つのかを
友人に尋ねた。
僕の中で決心が出来た。
よし、自分も行こうと!
僕は当時就職活動真っ只中。
就職先を決めて旅に出る。
そういったプランだった。
何か、刺激がなく、
どことなく、ぬるま湯に
浸ってる日々だった。
説明会や面接に行っては
人事の人をじっくり観察したり、
話している姿勢、笑い皺、
その笑顔は愛想笑いか?
本当にニコッとする笑顔か?
自分と合う会社なのか?
インターンにも行き、この人に
仕事を教わりたい。という人達にも
出会う事が出来た。
だが何か違う。
その時7月後半、最終面接を受け
結果はどうであれ、
旅に出よう!そう決心した。
その日からアルバイト三昧。
面接の結果は縁がなかったとのこと。
何か吹っ切れた様な感覚だった。
そんな時自分の好きな著者
千田琢哉さんが
『さあ、最高の旅に出かけよう』
という本が発売された。
僕は、凄い偶然だ、これはもう
旅に出ろと言う事だな。と、、
どうせなら、アルバイトも
辞めよう。当時三つアルバイトを
やっていて、各店長に話、
全て9月の末まで働かせて
もらう形になった。
友人に話、何度もミーティングして、
フライトのチケット、クレジットカード
の発行、銀行口座の手続き、海外保険。
バックパックの購入。などなど
準備期間から旅は始まっていた。
お金はないよりある方がいいな、
と思っていたので、なるべく多く
持って行こうと思っていた。
そして2015年10月11日に出発。
修学旅行以来の海外。しかも
1人。バックパックを背負って。
興奮と怖さの半々だった。
そんな気持ちも束の間。
着いた瞬間圧倒された。
東南アジアの丁度雨季で
豪雨、言葉が通じない。
どうしたらいいのだろう。
目的地も決まっていない。
目の前にはタクシーが
ものすごい数で並んでおり、
たくさんの人たちが話しかけてくる。
ジャパニーズと連呼していると
日本語を話せる人が来た。
どこへ行きたい?
自分: ゲストハウス。
危ない危ない。
自分: タクシーは?
とても危険だ。これは安全。
自分: いくら?
日本円で約2400円。
高すぎる。どーしよ。
その時僕に交渉の技術はなく、
悩んだ挙句その車に乗った。
道路は物凄い渋滞。クラクションが
鳴り響いている。信号はない。
1時間ほどホテルに到着。
ホテルは日本円で7800円程。
高すぎる…なんなんだ本当に。
何も思いつかずWi-Fiがあるので
チェックイン。
一息着いて、ほっとした。
明日には帰ろう。そう思った。
友人に話すと爆笑され、
日本人のゲストハウスを
調べてもらい、明日そこに行けと。
張り切って海外へ来て、
初日のカルチャーショック。
日本へ帰りたいとても帰りたい。
なんだこの部屋は。薄暗い
クーラーは古びてやたらとうるさい。
トイレに便座がない。
お腹が空いた。だが
外に出ていいのか?
とてもじゃないが笑えなかった。
勇気を出して、ホテルの場所と
名前を覚えて街を徘徊。
匂い。湿気。人種。街並み。
人だかり。なんなんだ、本当に。
コンビニを見つけ水とお菓子を買い
さまよった。1時間ほどで
ホテルに戻りエレベーターで
部屋に戻ろうとした時に
中に日本人が。すぐに話しかけた。
なんだか安心した。ほっとした。本当に。
部屋に戻り明日の準備をした。

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