1973年シリーズ②初任給と14インチテレビ。

前編: 1973年シリーズ①家計簿ショック⁉︎
後編: 1973年シリーズ③西岡T子クンの恋の行方は!?

昨日のお話を読んでくださった方はご存知かと思うが、先日から昔のものを整理しているのである。


そんな中、1973年の自分の誕生日の新聞を記念に母が取っておいてくれたものが出てきたのだ。


これが面白すぎてまったく片づけがはかどらず、困ったものなのである。


今から約40年前の新聞には、こんなものがあった。社員募集の記事である。


大卒男子の新卒の初任給は62,800円となっている。


それに対して、この広告である。





14インチテレビがなんと、96,000円である。


14インチといえば、夫が使っているMacのノートパソコンが13インチであるから、ほぼサイズ的には変わらない。その小さな画面のテレビが初任給を上回る価格で販売されていたとは驚きである。


しかも、今のノートパソコンのように薄くて軽く、持ち運び出来るようなものではなく、ブラウン管であり、その分厚い幅と重さを持って、部屋の片隅を陣取っていたのであろう。


テレビの価格から見てもわかるように時代はインフレ時代であったようである。


給与は右肩上がりで上がるが、物価の上昇もハンパなく、日々国民は大変であったようだ。


特に1973年は、オイルショックがあり、トイレットペーパーや、石油、砂糖まで物が不足していると大騒ぎになった年である。


私は冬生まれであるが、特に大寒波の年でもあったそうだ。


そんな波乱の多い年の雪降る日に産まれてきたのが私である。


寒さの中、灯油が売り切れて買えず、電気ストーブを慌てて買いに行ったのだと父から聞かされた。


オイルショックの上に、第二次ベビーブームとかにもひっかかったらしく、受験やら就職やら、何もかもが競争の中で生きていくことを強いられる環境の中で1973年生まれの私たちは生きてきたのである。


同級生は、フリーで仕事をしている人が多いのもそのせいなのだろうか。


鍼灸師、飲食店経営、美容師、会計士、建築士、リフォーム会社経営・・・。


サラリーマンにはなりたくねぇ!って感じの自由人が多く、自分でやっていきたい!という夢を叶えた人が多い。


自己主張が強く、わがままでとても強気であるが、前向きに頑張り、努力を重ねてきた人たちである。


失敗も繰り返しながら、人生を楽しみながら生きてきて、自分の生きる道を決めてきた人たちは、叩きに強い。踏ん張る力や知恵を蓄えている。


そういえば、ウチの実家には14インチの小さいテレビがあったことを思い出した。


たしか、3つあったテレビの中で一番小さく、なぜか母の婚礼ダンスの上に置かれていた。


下から首を上げて、ブラウン管を見上げながらテレビ鑑賞していたのを覚えている。


ある日突然、ジー・・・という音がして、ぷしゅ~ん・・・というなんとも間抜けな音を最後に画面が真っ暗になり、寿命を全うしたことを覚えている。


「こんなボロはあかんわ!」


妹とぼやいたことを思い出した。


しかし、こんなに高価なものであったことは今回初めて知ったのであった。


両親よ、正直すまんかった。



続きのストーリーはこちら!

1973年シリーズ③西岡T子クンの恋の行方は!?

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